フウマ=カザツグ③
「――結局、これまでに得てきた力も、打ち砕かれた、か」
風の勢いが、弱まっていく。耳にうるさいほどの騒音は次第に鳴りを潜めていき、やがて落ち着いた潮騒と潮風が穏やかに場を包んでいた。
「……人間の力も侮れないでしょ?」
傍らに佇むシャーミアが、倒れる彼に向かってそう呟く。落ち着いていて、心地良いそよ風がさらっていく。
息の音すら聞こえてしまうような、そんな豊かな静寂。まるでそのまま眠りについてしまいそうなほど、大人しい呼吸を繰り返すカザツグは、嬉しそうに笑う。
「そうだね。最後は妖の力を借りたわけだけど」
「協力したからいいのよ」
「ふっ……。都合の良い解釈だね。とは言え、負けは負けだ」
火すら消せないような、弱い風が頬を撫でる。そこに混じるのは、掠れて消え行ってしまいそうな、カザツグの声。
彼は天を見上げたまま、嬉しそうに微笑んだ。
「最期に、全力で戦えて良かった」
「最後? 何言ってるのよ。確かにアンタの急所は貫いたけど、それでもリリアちゃんに治してもらえば、そんな傷――」
「……ああ、そうか。君たちは異邦の旅人だったね」
シャーミアは彼の胸元に目を向けた。切り裂かれた衣服から、肌が見えている。そして、短剣による刺し跡も。
だが、不思議なことに血は出ていない。黒い泡沫が血の代わりとなるように浮かび、そして虚空へと溶けて消えていく。
それは、まるで――
「魔獣と同じ反応だな」
「ヌイ」
静謐とも呼べる空間に、鈴の音のような透き通った音が鳴った。紅い髪を揺らして宙に浮かぶヌイは、ゆっくりとカザツグの元へと降り立つ。
「……驚いた。気配がまるで感じられなかったな」
「余はヌイという。この者たちと旅をする仲間だ」
「そうか。……君は、少し強いな? 少なくとも、この場にいる誰よりも底知れない」
「世辞はよせ。風を操る技巧は、お主に軍配が上がるだろう」
「……ふっ、君のような存在にそう言ってもらえるなんて、多少は頑張った甲斐があったのかな」
疲れた表情で、柔和に笑う彼へとヌイが手を添える。ほんの少し緑色に光が灯ったかと思えば、それが消えた後、小さな彼女はゆるゆると首を横に振った。
「やはり、お主の体はもう死へと向かっておる。このまま、塵となって消えるだろう」
「……それって、治せないってこと?」
ヌイの言葉に、思わずそう噛みついてしまった。シャーミアが落としたその声音は弱々しく、痛みを伴っている。
「そうだ。余や、リリアを以てしても、此奴をこの世に留めることは不可能だろう。だが、自責の念にかられるでない。この戦いにおいては、これが最善。お主が責任を感じる必要はどこにもないだろう」
ヌイの言葉が慰めと労いで埋まる。
シャーミアは、それに対して肯定も否定もしない。
彼女の言葉の意味はわかっている。理解しているし、納得もできる。承知の上で短剣を振っているのだから、今更そこを嘆くことは、しないつもりだ。
だけど、少しだけ。
命の重さ、それを奪うということを、知った。
だからこそ、勢いよく息を吐き出す。自らの中にある蟠りや澱、こんがらがった多様な感情を一度スッキリさせるために。
「……悪かったわね。加減、できなくて」
その上で、カザツグに弔いの言葉を贈る。きっとそれは自己満足で、相手もそれを望んでいるわけではなかったが。
そうせずにはいられなかった。
「加減されなかったから、思い残すことなく逝けるんだ。寧ろ全力で応えてくれたことに感謝したいぐらいさ。……それに、心配には及ばないよ。妖に、肉体の死は訪れないから」
「どういうことよ?」
シャーミアがそう尋ねる声に呼応するように、隣で足音が鳴る。ジセイとルアトが並び、憐憫を湛える瞳でカザツグを見下ろしていた。
「妖はな、人々から畏れを抱かれんくなった時点で消えるんじゃ。じゃけえ、実体は消えても、カザツグという存在は中々消えんじゃろ。実体の方も、時間が経って快復すりゃあ、またこの世に現れる」
「……そういうことさ。ボクは死ぬわけじゃない。カザツグという体は消滅するけど、またいつの日か、カマイタチとして風を起こす存在に戻れるんだ」
わざとらしい、明るい声が月に昇っていく。その間も、胸の傷跡から出る黒い泡が、容赦なく彼の体に広がっていく。
「ああ、そうだ」
何かを思いついた様子で、カザツグが声を上げた。消えゆく体、その腕を上げて、シャーミアへと伸ばす。
「この扇、良ければもらってくれるかい? 元々、人間からもらったモノだったんだけど、引き取り手がいなくなるのは、嫌だからさ。……君になら、託そうとそう思えるんだ」
「……わかったわ」
彼の腕が崩れる。
その直前に、シャーミアが扇を受け取る。軽い、しかししっかりとした造りの扇だ。
無事受け渡ったことを、カザツグは清々しい顔で見届ける。
「――それじゃあ、兄貴に会ったらよろしくね」
そう言い残して、カザツグの体は。
一陣の風に乗って、星々が彩る夜空へと消えていくのだった。
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