フウマ=カザツグ②
カマイタチという妖は、古くから人々に畏れられてきた。
古来アウラムでは吹き付ける風が何ものかの仕業であると考えていて、時折風が過ぎるとまるで鎌を振るった跡のような傷が残ったことから、鎌を持った獣がいると吹聴したのだ。
それが、カマイタチの始まり、ひいてはフウマ家の始まりだった。
風を操り、風と戯れる。自然と調和した妖であり、アウラム全土にてその存在を確認されるカマイタチは、妖の中でもひと際存在感を増し、やがてフウマ家は影響力のある立ち位置を確立していった。
だが、それほどの栄華を極めても、人間たちと敵対することはなかった。
「カザツグの兄貴! 今日も道に迷ってたヤツがいてさ! 麓の村まで案内してやったら玩具をくれたんだぜ!」
そう言って、弟たちが嬉しそうに駆け寄ってくる。掲げるそれは、木の骨組みに紙を張り付けた、人間の子どもたちがよく遊んでいる玩具だった。
「凧か。いいものを貰ったな」
「だろ! 良いことすると気持ちいいなあ!」
庭を駆け回りながら、他の弟たちと一緒に凧を飛ばそうとする姿を、カザツグはぼんやりと眺めていた。
始まりは、風への畏れだった。それによってカマイタチという存在は生まれ、力を増大させたのだ。だが、カマイタチはただ傷つけるだけの存在ではない。
風と共にどこかから現れて、迷い人を導く獣。彼らもまた、人間との共存を描いていた。
「イヅナの兄貴も一緒に遊べたらいいんだけどなあ」
「……そうだね」
カザツグは遥か空を見上げる。薄い雲がたなびいて、青空に化粧を施していた。
代々、フウマ家の家督となる者にはイヅナ、という名が与えられる。現フウマ家の長男もまた、その名を父から譲り受け、家を引っ張る存在としてその威厳を示す、はずだった。
「兄貴は、風と遊ぶのが好きだからな」
扇を開き、口元へと充てる。それはカザツグの昔からの癖だった。風と踊ることが好きだった彼は、人間の舞踊の見真似をし、幼い時を過ごしていた。その扇とも、長い付き合いだ。
「……風は、自由じゃないとね」
独り溢す言葉を聞く者はいない。長男であるイヅナは、一所に留まるような性格の持ち主ではなかった。
それこそ、風のように。
イヅナは気ままに野を駆けて、山を巡る。そして時折、思い出したように顔を見せるのだ。
それでいいと、カザツグは思う。彼に長男という縛りは似合わない。家は自分でどうとでもできる。空を流れる風を見ながら、ぼんやりとそう思考に耽る。
「なあ、カザツグの兄貴! これどうやって飛ばすんだ!?」
「ふふ、ボクもそれを飛ばすのは初めてだ。一緒にやってみよう」
弟たちの笑顔を守る。それもまたこの家を任された者としての役目だ。晴れた昼下がり。柔らかい風が吹く中、この平和がいつまでも続けばいいと、そう願う。
だが、風向きがいつも同じとは限らない。
カザツグが願った平穏が、続くことはなかった。
「ぎゃはははッッ!! 由緒あるカマイタチの一族も、実力は大したことねえみてえだな! 所詮は名前だけか!」
耳障りな笑い声が、こだまする。
夜を燃やすような明るい火が、住んでいた家を蝕んでいく。
「獣風情が、あんまり良い気になるんじゃねえぞ? オレたち鬼の方が、何倍も畏れられてて、力もある! 妖最強はオレたちだ! ぎゃはははッ」
火の煌めきに照らされながら叫ぶ、角の生えた鬼の一団。倒れ伏すカザツグは、霞む視界にその姿を睨みつける。
ある日、突如その鬼たちが家を襲ってきたのだ。理由は不明だった。意味もわからない暴力が、嵐のようにフウマ家を破壊し尽くして、火まで放たれた。
「どう、してだ……?」
絞り出した声に、鬼が笑う。馬鹿にするように、見下すように。
「力を誇示するためだよ。鬼は力こそ全てだ! それで畏れを搔き集めねえと、弱くなっちまうからな。まあ、てめえらみてえな、ちまちま風を吹かせるだけのヤツらにゃわかんねえか」
そう言って、足元に落ちていた玩具を踏みつけた。それは、弟たちが人間から貰った凧だ。
瞬間、思考に血が昇る。弟たちが人間と仲良くなれた証を、平穏の象徴を砕かれて、目の前の敵の首を刎ねようとした。
だが、意志は強くも、体が言うことを聞かない。既に、カザツグの身は限界を迎えようとしていた。
――そうか。必要なのは、力だったのか。
後悔と怒り、そして無念が全身を締め上げる。抱くには遅すぎる激情を覚えながら、燃える炎と憎悪の仇を睨むカザツグは。
吹く風に願った。
風よ、今だけ、力を貸してくれないか、と。
お読みいただきありがとうございました!
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




