VSフウマ=カザツグ⑦
『いいか、シャーミア。戦いは常に裏のかき合いだ。もしお前さんがどうしても勝ちたい相手と対峙したなら、覚えておくといい』
夕焼けが村を染める中、鼓膜にウェゼンの声が響いた。祖父でありながら、シャーミアの修行の師匠。彼は老体にもかかわらず、ピンと張った背筋をいつまでも崩すことなく、キビキビ動き回るシャーミアを見据えて言った。
『……いいの? 孫にそんな卑怯なこと教えて』
薪を割りながら、祖父の声に応える。カコンカコンと、小気味の良い音が長閑な風景に馴染んで広がっていく。
『卑怯、か。お前さんのその真っ直ぐさは、私には少し眩しいな』
少しだけ寂しそうな声なのは、気のせいだろうか。ちらりとウェゼンを見ると、晴れやかな笑顔を湛える老翁がそこにいた。
『無論、戦い全てがそれに当てはまるわけではないよ。互いの矜持を賭けたやり取りにおいて、そんなマネは無粋だからな』
閑静な村にウェゼンの声が静かに満ちる。彼は、穏やかな声音のまま語り続ける。
『だが何よりも勝利が優先された時、人は非情にならなければならない。相手を出し抜き、相手よりも一歩先を進むんだ。なんだっていい。相手の想定を超えることが大事だからな』
『でも、それが通用しなかったらどうするのよ?』
『簡単だ。別の手を考えろ。逃げて力を蓄えることも、選択肢に入るだろう。それも相手を出し抜くための策の一つだからな』
最後の薪を割り終える。散らばった薪を回収しながら、ふと浮かんだ疑問をウェゼンに投げ掛けた。
『でも、相手も裏をかいてくるのよね? 先にそれをされたら、大体負けるんじゃないの?』
『そうならないための、修行だ』
薪を集め終えて立ち上がる。夕刻に浮かぶ師の姿が、遥か遠くに見えた気がした。
『修行とは、不測の事態に対抗するためのもの。避ける反射速度、攻撃を受け流す技術、技を見極める視力。そうした相手の行動に対して柔軟に対応できる力を身につけることこそが、修行の成果と言えるだろう。もちろん、基礎鍛錬で勝てる相手には小細工は不要。裏をかく時は、拮抗した実力者同士か、格上が相手の時になるな』
『……おじいちゃんにも、そういう相手がいるの?』
『……そうだな』
ずっと先にいる祖父が、さらに遠くを見ている。その景色が想像もできなくて、少しだけ怖くなった。
『少ないが、私にもいる。だから隠しておくんだ。できれば、誰にも見つからないように、ずっと大切にしておきたいんだがな』
再び戻ってきた視線が、シャーミアへと向けられる。そこには先ほどまでいた、彼方を見つめる師はいない。あるのはただの、孫を想う祖父の姿だけだ。
『だからな、シャーミア。お前さんも今持っている手札を、適当に切ってはいけない。一番良いタイミングで、最も相手がイヤであろう時に、自分の切り札を使うんだ』
『……わかったわ』
ただ、そう言うことしかできなかった。ウェゼンの言うような未来を想像することも難しくて、ひたすらに今を生きることしか考えられない。それでも祖父は孫のその答えに、満足そうに笑っていた。
◆
――あたしの持っている切り札。
駆けながら、いま一度短剣を握り直す。過去、ウェゼンが話してくれた時のこと。切り札を一番良いタイミングで切る。正直、その時は全くわからなかったが、今なら理解できた。
地面を蹴り、カザツグへと迫る中、視界の端でルアトが火を吐こうとしている姿が見えた。
やるならば、ここしかない。
旋風が作り出す追い風のせいか、駆ける速度も上がっている。カザツグが纏う六本の斬撃にぶつかるまで、三秒もない。
火球が、周囲を緑に照らした。
「何度やっても無駄だよ」
カザツグがシャーミアを視界に収めながら、扇を構えた。
切り札は、相手の最も嫌がるタイミングで。
ウェゼンの放った言葉を心で諳んじて、シャーミアはその黒い短剣を地面に投げつけた。
「――っ!? 体が……っ!?」
今まさに扇を振ろうとしていたカザツグの動きが、ピタリと止まった。縫い付けられたように、不自然な角度で固まる彼のその足元には、黒い短剣が刺さっている。
「――――――!!」
瞬間、爆炎が広がった。
緑の炎はカザツグの体を一瞬で飲み込んだかと思うと、すぐに立ち消えた。纏う風は、失われている。
「く――っ!!」
晴れた炎の中、眼前に迫るシャーミアが短剣を振るう。刃が届く――、そう確信したが、その攻撃は空を切った。
「……自分から旋風に吸い込まれたの?」
彼の背中で回転する風は、カザツグに影響を与えないものだと思っていたが、そうではないらしい。そのまま後退するカザツグが苦い笑いを浮かべる。
「何故動けなかったのか、その推測は後回しだ。このまま風に身を委ねて逃げさせてもらうよ」
彼が背負う旋風に煽られて、風に圧されるように後退していく。シャーミアもまたその風の影響を受けるが、駆けたところでカザツグが再び白刃を纏う時間分は稼がれてしまうだろう。
なら、もっと風に乗ればいい。
「モンメ、お願い」
「任せて!」
首から離れたモンメが、シャーミアの背で勢いよく広がった。シャーミアが受けていた旋風による吸い込みの影響を、これでより強く受ける。
「風を利用して――っ!?」
駆ける足の速さに乗って、風がさらに加速させる。
飛翔する矢の如く、飛ぶシャーミアの切っ先は、咄嗟に構えたカザツグの防御よりもさらに速く――
彼のその胸を、貫いた。
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