『殻の勇者』アルタルフ④
――いったい何が起きてる?
外がやけに騒がしく、慌ただしい。城内には歪な空気が流れており、焦った様子の憲兵隊たちの声が部屋にまで届いていた。
昨日までの日常はどこに行った?
同じような毎日がやってくるはずではなかったか?
時計を見れば既に七時前。時間になっても予定していた女性たちが来ることもなく、不安や苛立ちが募っていく。
――わざわざ勇者がいる場所に襲撃するやつがいるのか? だとすれば目的は金か?
色々と考えるものの答えが出るわけでもない。
いや、と。アルタルフは冷静になって首を振る。世界を救った、魔王を討ち倒した人間に喧嘩を売る者などいるはずがない。こんな事態は初めてだったから戸惑ってしまっただけだ、と。自分を言い聞かせる。
「憲兵隊どもは何をもたもたしているんだ。まったく、使えない連中だ」
不安を掻き消すためのその呟きに、応じる者などいないはずだった。この広い部屋にはアルタルフ一人のみ。自分以外の声が、鳴るはずがない。
「憲兵隊ならば、余の信頼できる仲間が相手しておる」
「――っ!?」
思わず、椅子から立ち上がった彼は、声のした方向へと体ごと向け、その正体を視認した。
それは、少女だった。
歳は十二から十三ぐらいだろうか。窓から差し込む月光が紅い髪を美しく照らし、晒された肩や腕をより白く煌めかせる。
だが、色濃く作り出された影はその顔つきを誤魔化していて、瞬く星のように妖しく輝く蒼い瞳が、じっとアルタルフを見ていた。
「な、なんだ? おい、ガキ。いつの間にここに入った」
初めこそ驚いたものの、その正体が子どもだと分かれば怖くはない。いつもの調子を取り戻しつつあったアルタルフは警戒心を解いて、その少女に声を掛けた。
少女は目を細めて一歩、その足をアルタルフへと近づける。
――なんだ? コイツは……?
一歩、こちらへと来る度に、アルタルフは無意識に後ろへと退がる。
目の前にいるのはただの少女であるはずなのに、何故こんなにも――
――不安を掻き立てる?
「お主が『殻の勇者』アルタルフで相違ないな?」
「は? あ、ああ……。俺様が魔王を討ち取った勇者の一人、アルタルフ様だ」
魔王を討ったという事実を突きつければこの少女も身の程を弁えるだろう。そう思っての発言だった。
だが――
「そうか。それならば良かった」
彼女から感じる威圧感は変わらない。それどころか、明らかに増したような気さえした。背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、なんとか相手の意図を探ろうと模索する。
しかし、先に言葉を発したのは少女だった。
「本来ならば、闇討ちのようなことをしても良かったのだが。死を感じさせぬまま殺す、というのは余が納得できなかった」
「は? いや、殺す? 誰を?」
「無論、お主をだ。『殻の勇者』アルタルフ」
この少女は、自分を勇者だと認識したうえで殺そうとしている。到底理解できないが、嘘やはったりで言っているような雰囲気ではないことは、全身で感じ取れていた。
「何言ってんだ! 俺様を殺すだって!? 俺様は勇者だぞ!?」
「それが何か関係するのか?」
「……っ。そうだ! 欲しいものがあるんだろ? だから俺様を狙ってるんだろ!? 金ならやるよ! 幾ら欲しい?」
「いらぬ。あるとすれば、勇者の首だな」
「いや。いやいや、俺様が殺される理由なんてないだろ!」
世界を救った英雄。魔王を倒した勇者の一人。そんな人間が、殺される謂れなどないはずだ。
彼女の歩みが止まる。影になっていた顔が露わになった。しかし、彼女の無機質な声と同様、その表情からは感情が読み取れない。
「随分と、殺される理由にこだわるのだな。……だが、よいだろう」
少女は自身の白い手を胸元に当てて唄うように、その名を口にする。
「余の名は、レ=ゼラネジィ=バアクシリウス。十二いた魔王の子、その唯一の生き残りだ」
「魔王、の――」
大きく息を呑み、しかし同時に納得し、思い出す。
今感じている圧。そして、その夜空に瞬く星々のように輝く眼光。
まるで魔王を相手取っていた時のようだった。
とてもではないが信じられない、が。妙な説得力を抱いているのもまた事実。
仮に彼女の言っていることが本当だとすれば、その狙いは復讐か。いよいよアルタルフは追い詰められていた。
「復讐は何も生まねえぞ!? それに、俺様は直接魔王を倒してねえ!」
「これは既に決めておったことだ。魔王討伐に関わったあの場いた勇者たちは全員殺す、とな。――それに復讐の連鎖は、余で終わらせるつもりだ」
「いや……っ、でも――」
何か、逃げる策はないか。闇に手を翳しながら道を探すアルタルフは、それを耳にした。
盛大に、わざとらしさすら覚える少女の溜息を。
「お主――」
その瞳が、鋭く刺さる。言葉は刃物のように首筋へと突き立てられて、放つ雰囲気が重く苦しい空間を作り上げる。
彼女は、本当に――
「――まだいつも通りの日常を迎えられると、そう思っておるのか?」
「――!! 【神魔拒絶の障壁】!」
咄嗟に、魔術結界を放っていたのは、そうしなければ死ぬと理解してしまったから。
本能的な行動だった。
幾重にも重ねられた色とりどりの結界がアルタルフを球状に包み、そこにあった机や椅子、石造りの床を削り取る。
そのまま彼は手を突き出し、少女に向けて結界を飛ばす。
生み出されたのは半透明な壁。当たれば肉片すら残らない高魔力のそれを、しかし少女は片手で止めた。
「な――っ!?」
やがてその壁はガラスを砕くように破壊され、散り散りとなって周囲に霧散する。
「バカなっ! 魔王の攻撃すら防ぐ壁だぞ!?」
実際に魔王との交戦時にはこれだけで対処できていた。
――まさかコイツは、魔王よりも格上だって言うのかよ!
考えたくもない事実に辿り着こうとした彼に向けて、少女はさらにその足を踏み出していく。
「……混乱、困惑。あるいは動揺か。余の力を見誤ったと思っておるのだろうが、そうではない」
「ちっ――」
近づかれれば何をしてくるか分からない。アルタルフは空気を弾くことでその身を浮かし、城の天井を突き破って外に逃げようとする。
「ふむ。余としてもそちらの方が都合がよいな。だがその前に――」
彼女がそう呟くのを耳にしながら、全力で逃げる。もし魔王の娘という情報が本当だとするならば、――いや最早疑いの余地すらない。
彼女は本物の魔王の娘だ。今逃げなければ、ここで殺される。
必死に彼は、彼女から距離を取ろうとする。
「――やるべきことは、やらぬとな」
アルタルフは遠目に、彼女が人差し指を空に掲げる姿を見た。そしてそこから空に向かって伸びる、一筋の赤い閃光も。
それは遥か上空まで届き、眩い光と共に綺麗な光を散らす。
夜空に咲く光の華を見上げて、すぐに彼女を見やる。
いったい何をしたのか、その意図は不明だがしかし彼女と視線が交わり、これから少女がやろうとすることを看破する。
分かってしまう。
「さて、討伐開始だ」
あるいは分からなくても。
全身を刺す殺気が、答えのようなものだった。
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