VSフウマ=カザツグ④
ルアトの作戦を耳にして、シャーミアは小さく頷いた。
「わかったわ。確かに、聞いてた通りならちゃんと効きそうね」
「タイミングは合わせます。しっかり狙ってくださいね」
「アンタもね!」
汗を流しながら苦く笑うルアトに、わざと明るく振る舞う。腕での攻撃は満足にできず、腹部の傷からは今なお血が流れている。あまりグズグズもしていられない。
「何をするつもりなのかわからないけど――」
カザツグが閉じた扇を開いて、掲げる。彼が纏う風の軌跡が、それに従うように数本ばらけ、その背後へと移動。
白刃の如く月夜に煌めく風が、回転を始める。
「君たちの抵抗は無駄だよ。防御も攻撃も、意味を成さない。――見せてあげるよ。風前斬織―遷陣、旋風斬―」
それはまるで、風車のようだ。しかしその旋回は風車みたいな緩慢な動きではなく、目にも留まらない速さで回り続けていて、風を生み出す。
「――っ、吸い込まれる……っ!?」
回転によって作り出されたその風が、全てを飲み込もうとカザツグの背後へと引き寄せる。気を抜けば、吸い込まれそうになるほどの、風圧だ。その旋風に吹かれる軽い木枝が、回転するそれに触れた瞬間にバラバラに斬り刻まれた。
なるほど、吸い込まれれば抵抗もできずにそうなってしまうのか。体勢を維持するので精一杯のシャーミアだったが、しかし覚悟はとっくに決まっている。
「おいっ!?」
瞬間、シャーミアが地面を蹴り上げ駆けていた。ジセイの制止の声も、意味を成さない。追い風が吹いている、その勢いを借りながら短剣を構えて直進する。
「潔く死を選んだ……、ようには見えないね」
カザツグの警戒心が上がった。無策で突っ込んでくるとは思っていないのだろう。扇を構えて対処に備える。
もちろん、無暗に突っ込んだわけではない。シャーミアは、思い切り息を吸い込んで、その名を叫んだ。
「ルアト――っ!」
彼女の後方。その呼び掛けに応じるように、ルアトが放つ、その気配が濃くなった。
瞬間――
翠色の爆炎が、シャーミアの体を飲み込んでいた。
「炎――っ!? 馬鹿な――」
迫る火炎の猛進に、初めて焦燥の声がカザツグから漏れた。
迸る宝石よりも美しく揺らめく、炎の渦。それはルアトの口から放たれたものだ。深緑は、勢いよくカザツグの元へと吸い寄せられていく。
「ぐ――っ!?」
あっという間に、彼も、その背にあった旋風も炎へと書き換えられた。
燃え盛る大火が、風を破る。渦巻く旋風を蝕むように濃い緑へと色を変える。まるで一つの壁となったように、鮮やかな緑が視界を燃やし尽くした。
「……こりゃあ――」
ジセイが声を上げると、同時。
炎の壁が崩れ消えた。
消えゆく緑の残滓の中、現れたのは炎に呑まれたシャーミアとカザツグの姿のみ。
纏う風もない。吸い寄せる旋風も掻き消えた。
彼を守るものは、何もない。
「何が――」
カザツグが現状の理解をするよりも早く、飛び掛かったシャーミアによって地面に組み敷かれていた。
「……何の真似だい?」
その細い首筋に短剣を宛てるシャーミアを、彼はつまらなさそうな瞳で見上げていた。相変わらず獰猛な、肉食獣のような目だ。だが、今は僅かに揺らいでいる。
覗いて見えるのは、失望と悲嘆。
「これでわかったでしょ? あたしたちは負けないの。これに懲りたら、もう人を殺さないことよ」
「何の冗談だって、そう聞いてるんだ」
シャーミアがその気になればいつでも命を奪える。生命の危機を感じているはずなのに、カザツグの声はそれを糾弾するように冷たく、怒気を孕んでいた。
「ボクを生かして、本当に行いを改めると思ってるのかい? 確かに勝負は決まった。今、ボクを守る風はない。けど、それだけでこれまでのことを悔いて、善性に生きると。本当に思ってるのなら、君は大きな勘違いをしてる」
「そうじゃ! 妖の性分は人に畏れを抱かせることじゃけ。ここで逃しても、ソイツは反省も贖罪もせん! また人を襲うじゃろう。じゃけえ、シャーミア! 首を刎ねた方がええ!」
ジセイは未だ警戒を解いていない。恐らく、ジセイの言うことは正しいのだろう。妖のことも、魔獣のことも、シャーミアは詳しくない。
だが、きっと。
彼女なら、こうしたような気がするから。
「……アンタのことを、あたしは知らない。どれだけ残酷なことをしてきたのかも、それをどう思ってるのかも、ね。――だから、希望に賭けるのよ。確かに、敵意はあって刃をあたしたちに向けてきたけど、ここで死人が出たわけじゃない。もうこれ以上暴れないって言うんなら、今回は見逃してあげるわ」
「……くだらない」
「――っ!!」
魔力の気配が周囲に満ちる。不穏な流れを感じ取ったシャーミアは咄嗟に、突如発生した見えない白刃を短剣で防ぎ、躱した。
しかし、カザツグからは離されてしまった。そのまま態勢を立て直し、再び彼の姿を視認する。
カザツグの周囲に、九の白刃が風のように舞っていた。
「優位状況になったら説教をするなんて、まるで出来損ないで自分に酔ってる人間みたいだよ。せっかく興が乗ってきたところだったというのにね、残念だ」
もう、彼の表情に余裕はない。湛える瞳に揺れるのは、風に吹かれて消えそうな。
微かな苛立ちの炎だった。
お読みいただきありがとうございました!
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




