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【毎日0時更新】魔王の娘  作者: 秋草
第三章 廻槃福音のエニアグラム
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VSフウマ=カザツグ④

 ルアトの作戦を耳にして、シャーミアは小さく頷いた。


「わかったわ。確かに、聞いてた通りならちゃんと効きそうね」


「タイミングは合わせます。しっかり狙ってくださいね」


「アンタもね!」


 汗を流しながら苦く笑うルアトに、わざと明るく振る舞う。腕での攻撃は満足にできず、腹部の傷からは今なお血が流れている。あまりグズグズもしていられない。


「何をするつもりなのかわからないけど――」


 カザツグが閉じた扇を開いて、掲げる。彼が纏う風の軌跡が、それに従うように数本ばらけ、その背後へと移動。

 白刃の如く月夜に煌めく風が、回転を始める。


「君たちの抵抗は無駄だよ。防御も攻撃も、意味を成さない。――見せてあげるよ。風前斬織(かざきり)遷陣(せんじん)旋風斬(せんぷうきり)―」


 それはまるで、風車のようだ。しかしその旋回は風車みたいな緩慢な動きではなく、目にも留まらない速さで回り続けていて、風を生み出す。


「――っ、吸い込まれる……っ!?」


 回転によって作り出されたその風が、全てを飲み込もうとカザツグの背後へと引き寄せる。気を抜けば、吸い込まれそうになるほどの、風圧だ。その旋風に吹かれる軽い木枝が、回転するそれに触れた瞬間にバラバラに斬り刻まれた。

 なるほど、吸い込まれれば抵抗もできずにそうなってしまうのか。体勢を維持するので精一杯のシャーミアだったが、しかし覚悟はとっくに決まっている。


「おいっ!?」


 瞬間、シャーミアが地面を蹴り上げ駆けていた。ジセイの制止の声も、意味を成さない。追い風が吹いている、その勢いを借りながら短剣を構えて直進する。


「潔く死を選んだ……、ようには見えないね」


 カザツグの警戒心が上がった。無策で突っ込んでくるとは思っていないのだろう。扇を構えて対処に備える。

 もちろん、無暗に突っ込んだわけではない。シャーミアは、思い切り息を吸い込んで、その名を叫んだ。


「ルアト――っ!」


 彼女の後方。その呼び掛けに応じるように、ルアトが放つ、その気配が濃くなった。

 瞬間――

 翠色の爆炎が、シャーミアの体を飲み込んでいた。


「炎――っ!? 馬鹿な――」


 迫る火炎の猛進に、初めて焦燥の声がカザツグから漏れた。

 迸る宝石よりも美しく揺らめく、炎の渦。それはルアトの口から放たれたものだ。深緑は、勢いよくカザツグの元へと吸い寄せられていく。


「ぐ――っ!?」


 あっという間に、彼も、その背にあった旋風も炎へと書き換えられた。

 燃え盛る大火が、風を破る。渦巻く旋風を蝕むように濃い緑へと色を変える。まるで一つの壁となったように、鮮やかな緑が視界を燃やし尽くした。


「……こりゃあ――」


 ジセイが声を上げると、同時。

 炎の壁が崩れ消えた。

 消えゆく緑の残滓の中、現れたのは炎に呑まれたシャーミアとカザツグの姿のみ。

 纏う風もない。吸い寄せる旋風も掻き消えた。

 彼を守るものは、何もない。


「何が――」


 カザツグが現状の理解をするよりも早く、飛び掛かったシャーミアによって地面に組み敷かれていた。


「……何の真似だい?」


 その細い首筋に短剣を宛てるシャーミアを、彼はつまらなさそうな瞳で見上げていた。相変わらず獰猛な、肉食獣のような目だ。だが、今は僅かに揺らいでいる。

 覗いて見えるのは、失望と悲嘆。


「これでわかったでしょ? あたしたちは負けないの。これに懲りたら、もう人を殺さないことよ」


「何の冗談だって、そう聞いてるんだ」


 シャーミアがその気になればいつでも命を奪える。生命の危機を感じているはずなのに、カザツグの声はそれを糾弾するように冷たく、怒気を孕んでいた。


「ボクを生かして、本当に行いを改めると思ってるのかい? 確かに勝負は決まった。今、ボクを守る風はない。けど、それだけでこれまでのことを悔いて、善性に生きると。本当に思ってるのなら、君は大きな勘違いをしてる」


「そうじゃ! 妖の性分は人に畏れを抱かせることじゃけ。ここで逃しても、ソイツは反省も贖罪もせん! また人を襲うじゃろう。じゃけえ、シャーミア! 首を刎ねた方がええ!」


 ジセイは未だ警戒を解いていない。恐らく、ジセイの言うことは正しいのだろう。妖のことも、魔獣のことも、シャーミアは詳しくない。

 だが、きっと。

 彼女(シリウス)なら、こうしたような気がするから。


「……アンタのことを、あたしは知らない。どれだけ残酷なことをしてきたのかも、それをどう思ってるのかも、ね。――だから、希望に賭けるのよ。確かに、敵意はあって刃をあたしたちに向けてきたけど、ここで死人が出たわけじゃない。もうこれ以上暴れないって言うんなら、今回は見逃してあげるわ」


「……くだらない」


「――っ!!」


 魔力の気配が周囲に満ちる。不穏な流れを感じ取ったシャーミアは咄嗟に、突如発生した見えない白刃を短剣で防ぎ、躱した。

 しかし、カザツグからは離されてしまった。そのまま態勢を立て直し、再び彼の姿を視認する。

 カザツグの周囲に、九の白刃が風のように舞っていた。


「優位状況になったら説教をするなんて、まるで出来損ないで自分に酔ってる人間みたいだよ。せっかく興が乗ってきたところだったというのにね、残念だ」


 もう、彼の表情に余裕はない。湛える瞳に揺れるのは、風に吹かれて消えそうな。

 微かな苛立ちの炎だった。

お読みいただきありがとうございました!


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