VSフウマ=カザツグ
カザツグを中心として、取り囲むように風が渦巻いている。木の葉や草が舞い上がり、風の動きを教えてくれる。しかし、見えない壁があるも同然。隙を伺いながら、短剣を構えた。
段々と風が強くなってきている。動くなら早い方がいいだろう。
「来ないのなら、こっちから行くよ」
彼が再び扇を振るう。その小さな扇を、横に優しく扇いだそれだけで、シャーミアへと突風が襲い掛かった。
「――っ!?」
それは、まるで巨大な壁だった。あるいは岩か何かを投げられたかのようだった。巨大な質量の塊は、構えた短剣ごとその華奢な体を拭き飛ばす。
「く、マズ……っ」
堪えきれずに宙に浮いた足は、最早踏ん張ることもできない。抵抗できないままに岩壁の向こう、口を開けて広がる黒い海にまで飛ばされそうになったが、咄嗟に一本の短剣を地面へと突き刺した。
途端に、シャーミアの体は上空でピタリと静止。その後、思い出したかのようにその場へと着地した。
「へえ、面白い。飛ばないんだね」
「隙だらけじゃ、阿呆」
二振りの刀を携え、眼前に躍り出るジセイ。そこは既に刀の間合い。突進する勢いのままに、ジセイが右腕を振り上げる。
「全然」
刀が振り下ろされる直前、カザツグが扇を持つ手を軽く揺らした。
それだけで、刀は弾かれる。
「風に隙なんてあるわけないだろ?」
「そのための二本目じゃ!」
風による反撃は、ジセイにとって生温い。体勢を崩すことなく続けて、左腕を横に振るった。カザツグの胴を狙った一撃。風を切り裂き打ち込まれるその刀を見て、カザツグの表情は崩れない。
「懲りない人だ。何度やっても同じなのに」
再度、扇を振るえばある程度の攻撃は薙ぎ払える。カザツグはその手に力を籠める――
「それなら三本目はどうでしょう?」
「――っ!?」
突如、背後から飛んできた声にカザツグが振り向き、扇ぐ。作り出されたのは風斬る一太刀。風蠢く斬撃は間近に迫っていたルアトを切り裂き、彼の体をそのまま吹き飛ばしていった。
「ようやったルアトっ」
「なるほど」
背後から届くのは、既に攻撃態勢に入っている男の声。
咄嗟に放った一振りで、防御も到底間に合わない。勢い任せに薙がれた斬撃は、吹いていた風すら霧散させるほどの膂力で、カザツグに放たれた。
「……っ」
鮮血が飛び散った。風に乗って辺りに紅い染みを作り上げたものの、その出血量は僅か。胸部にできた傷は、致命とまでは至ってないようだった。
「いいね。久しぶりに斬り甲斐のある相手だ。風も喜んでくれるだろうさ」
そしてカザツグもまた、妖しい笑顔を残している。しかし警戒はそのままに、獲物を見るような鋭い目つきは、さらに険しく尖っていた。
「すまん。斬り損ねた」
「気にしないでください。風に乱されたんでしょう? 刀の流れは明らかに、直撃していましたから」
斬撃を受けたはずのルアトが、胸元を抑えながらジセイの元へと近寄っていく。彼もまた深い傷ではないものの、血を流していた。加えて、ガラスのような破片が、歩く度に零れている。
「……じゃが、おどれも傷を――」
「心配は無用です。僕は人の体よりも数倍丈夫の、竜と人間との子ですから」
言いながら、口元に着いた血跡を手で拭き取った。その言葉にジセイが目を丸くさせたが、すぐに景気よく笑い始める。
「そうか。竜神の加護がこっちについとる言うなら、負ける気がせんのお!」
「加護なんてものはありませんが、やる気になってくれたなら良かったです」
士気は上がった。それはいい。だが、風は止まない。今なお強い陣風が木々をざわめかせている。
「ねえ、あたしも吹き飛ばされたんだけど?」
平然とした様子で、戻ってくるシャーミアをルアトは一瞥。そしてニヤリと笑った。
「素晴らしい陽動でしたよ。もう一度お願いできますか?」
「嫌よ。次はアンタがやりなさいよね」
揺れる髪を抑えながら、べっ、とシャーミアは舌を出す。とてもではないが、敵と相対している雰囲気ではない。戦闘中とは思えないその光景に、カザツグは訝しむように眉を顰めた。
「随分と余裕じゃないか。その理由はどこから来るんだい? あるいは、この状況を打開できる手立てでもあるのかな?」
「手立て? 別にそんなのないけど」
涼しい顔でそう告げるシャーミアが、ルアトとジセイに確認の視線を向ける。二人とも何を言っているのかわからないといった表情で返して、肩を竦めた。
「なら、どうして――」
「簡単でしょ? 背中を預けられる仲間がいるからよ」
カザツグが口を開いたまま固まった。そしてすぐに笑いだす。特段、変な言葉を発したつもりもないシャーミアが、今度は困惑する番だった。
「笑うところじゃないわよ」
「悪いね。ちょっと、真っ直ぐすぎてさ」
くっくっと喉を鳴らして笑う彼は、歪めたその口元を隠すようにして、広げた扇を添える。
「少しだけ、君たちを見くびっていたようだ。これからは、全力で相手するよ」
自由を喜ぶ風のように、玩具を見つけた子どものように、カザツグは一切の邪気もなく、そう声を漏らした。
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