魔王の娘のある記憶
父のことを思い出す。
全ての魔獣を統べる王。一国の主であり、十二の子を持つ親でもあった。母はシリウスが産まれた直後に死んでしまっており、周囲からは王女の生まれ変わりだとか、意志を継ぐモノだとか言われたこともあった。
父とは、特別仲が良かったわけでもなかったと、当時はそう思っていた。
基本的に父は魔王としての業務がある。魔獣の従者から毎日渡される書状に目を通したり、話が進まない会合に日夜顔を出す。
そもそもが多忙な存在。ゆっくりと話す時間もありはしない。
元々厳格で、会話を好まない性格のようだった。
それでも、シリウスは度々父の元へと訪れては会話を持ち掛けていた。
父は国の大黒柱。忙しく、相手をしている暇などないはずだった。実際に、話しかけても反応してもらえない時もあった。
だが、部屋から出ていけとは言われない。邪魔だとも言われない。取るに足らないだけだと言われてしまえばそれまでだが、しかしシリウスはそこにいて良いのだと理解して、仕事をする父を傍らから見ていることが多かった。
『シリウスは母に似ておるな』
西日が射し込む父の執務室。先ほどまでいた従者の列を全て捌ききった父は、不意に視線をこちらへと向けてそう言った。
『おいで。母の話をしてあげよう』
その声音は優しく、温もりに満ちていた。珍しいな、とは思ったもののわざわざそれを口に出そうとも思わない。
シリウスは椅子から立ち上がり、父の大腿にその身を預けた。
父の手が、その頭を撫でる。ごつごつして固く、けれど暖かい手。背中を父の体に寄せて、その存在をより身近に感じ取る。
『そうだな。まずは――』
それから陽が沈むまでの間、父は母の話をしてくれた。
それは聞いたことのない話で。
見たことのない魔王の姿。
シリウスは永劫、忘れることはない。頭に掛かる手の重さ、背中に感じる体温、耳に馴染む声。
――嬉しそうに笑う、父の顔を。
ゆっくりと移ろう時の中、暖かさに包まれたシリウスは思う。
こんな時間が、また来ればいいな、と。
ほんの小さな願い。何気なく祈ったそれ。
きっとこれから生きていれば、また同じ機会は訪れるだろうと、漠然と思っていた。
そんなシリウスの願いが立ち消えたのは、その夜のこと。
『親父! 勇者の進軍だ!』
『分かっておる。――シリウス』
外は夜とは思えないほど明るい。城内もいつもよりも騒がしい。兄姉たちが順番に部屋から出ていき、残った父はシリウスの頭を撫でて告げる。
『ここから、一歩も出てはいけない。姿を見せてもいけない。安心しろ、また戻ってくる』
父は、いや魔王はそう言い残してシリウスを地下聖堂に閉じ込めた。強固な結界が張られていて、僅かに石畳を浮かせて外の様子を伺うことしかできない。
後は、思い出したくもない惨状が待っていただけだ。
いや、記憶を掘り起こす必要もないと言った方が正しいだろう。
幾度となく夢に見た。忘れたくても忘れられるはずもない。
日常を踏み躙った、勇者たちの顔や声。
最後まで抗った父の背中。
きっとその日からだった。
自分が笑わなくなったのは――
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




