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【毎日0時更新】魔王の娘  作者: 秋草
第三章 廻槃福音のエニアグラム
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垣間を覗く深淵

「無事、トウラン=ザクロは同心たちに引き渡しました。これで、この町にも平穏が訪れるでしょう」


 建物から出てきたスズの表情は幾分晴れやかになっているように見えた。笠が影になって、加えて夜ということもあり詳細に仔細を確認できたわけではなかったが、その声音からでも、緊張が解けているのが感じられる。


「同心というのは警備の兵たちのことだったか」


「はい、仰る通りで。クザクラ将軍が各地に配備した守護大名……、こっちはその土地の司法をまとめる者のことですね。その配下が同心と呼ばれる警察組織です。主要な町にはこの同心たちが町を守ってまして、先ほども大層感謝されました。あっしは何もしてねえから、変な感じです」


 それから悔しそうな顔を見せる。意外と表情豊かだなと、一緒に行動してみてから気付くことが多い。どこか大人びていると言っても、まだシャーミアと同じ頃か、少し上くらいだろう。迷い、戸惑い、それでも前を向くその姿勢が、シリウスにとっては眩く映った。


「終わったのか?」


「はい。申し訳ございません。急いでたのに、あっしのわがままで」


 外で隠れて待っていたイッサがひょっこりと出てきた。街道を渡ったその先にある隣町について早々に、姿を晦ましてしまったのだ。


「元はオレ様が無警戒だったのが悪いんだ。事故みたいなもんだろ」


「……イッサよ。何故、この町に着いてすぐに身を潜めたのだ? 見つかりたくない知人でもおるのか」


「はあ? そんなんじゃねえって。妖は容認されてるけど、いつどこに妖狩りのヤツが潜んでるかわかんねえだろ? これ以上時間取られたくねえし、変に面倒ごとも起こしたくねえ。そんで隠れてたんだよ」


「ふむ、なるほど。この地にも妖狩りがおるかもしれぬか。このトザという領にも妖はおるのか?」


「いるけど全員隠れちまってるよ。さっきもこっそり会ってきたけど、脅えてて可哀想だった」


 溜息を吐きながら、イッサが顔を顰めた。悔しさと悲壮感を滲ませながら、しかし上げた瞳には強い光が宿っている。


「だから、その元を断たねえとダメなんだ。また元の妖と人間が暮らしていける場所にしねえと」


「そうだな。お主の言う通りだ。余としても、父が求めた人間との共存世界を、壊させるわけにはいかぬ」


 妖狩りなど、まるで今ある他の国と同じレベルにまで落ちてしまっている。せっかくの築き上げられた平和を、見逃すわけにはいかない。

 勇者への復讐。それもまた自分にとっては肝心だが手の届く範囲でならば、理想を求め、そして守ろう。

 それが、今このアウラムにいることの、意味である気がした。


「ああ、そうだ。父と言や、さっき会ってきた妖も、オマエの親父のこと言ってたな。デュラアンテ様と同じ匂いがするって。オレ様はわかんねえけど、わかるヤツにはわかるもんだな」


「……そうか」


 見えない父の気配。僅かに残る面影を追い掛けたいが、今はその時ではない。

 妖という存在が、父にとっての希望であり、どうやら妖にとっても同じなのかもしれない。シリウスは瞳を瞬かせ、そして自らの目指す先を見やった。


「では行くとしよう。この町では馬は借りられそうか?」


「はい。先ほど同心に事情を説明したところ、快諾していただきました。この先に厩舎があるそうで、そこで言えばトザを出るまでは送り届けてくれるそうです」


 こちらです、と。スズの案内に従い後ろをついていく。夜だからか、相変わらず町中には人影が見当たらない。時折すれ違うのは、警備の人間だろうか。灯りを持って町を巡回している様子だった。


「スズよ。あのザクロという人間はどうなる?」


 ふと上げた問い掛けに、スズは前を向きながら応えてくれる。


「辻斬りは重罪です。恐らくは死罪でしょう」


「ふむ。まあそうだろうな」


 それだけ伝えると、スズも消化不良だったのか、シリウスの意図を尋ねた。


「どうかしたんですか? 何か気になることでも?」


「気にならない、と言えば嘘となるな。彼奴には、何者かの気配が染みついておった。残滓に覆われておった、と表現した方が正しいが」


「何者か、ですか?」


 ちらりとシリウスを見るスズと目が合った。不思議そうに見つめるその澄んだ瞳とは別に、今もまだ何かがこちらを見ている。だが人の気配はしない。


「時にスズよ。この町……正確に言うならば、この国には遠くからモノを観察できる者がおるのか?」


「遠く……って言うと、どれくらいでしょう?」


「余の特異星(ディオプトラ)、《気心閲栓(オクニリア)》に引っ掛からぬ範囲だ。規模で言えばこの町とその近辺ぐらいならば、ある程度の生命の気配を探知できる。わかるのはそこに存在がいるかどうか、どれほどの魔力を有しているかだが、ずっと余たちに付き纏うような気配もない。故に、遠距離からの観察能力を有する者がおると、そう考えておる」


 そう説明すると得心が行ったという風に、スズが頷いた。だが、その表情は暗いまま。というよりも、思い当たる節がない様子で、首を横に振ってみせた。


「そういうことでしたら、申し訳ございませんが心当たりはございません。ムサシにいた頃も、各国巡遊をしていた時も、そういった力を有する者について、見聞きしたことはありません」


「そうか。イッサはどうだ? 妖でそういった者はおらぬのか?」


 隣を歩く少年に尋ねるも、彼もまた腕を組んで首を捻った。


「いやあ? 別にオレ様もこの国全部の妖を知ってるわけじゃねえけどさ。キュウコクにはいねえし、このシジマにそんな妖いたっけかなあ?」


 どうやらイッサも心当たりはないようだった。こうなると振り出しに戻ったも同然。嘆息を吐いて空を仰ぐ。


「このアウラムに入ってから。いや、入国するその少し前から、ずっとその何者かの視線を感じるのだ」


「そんなに前から……、気がつきませんでした。……今もですか?」


「うむ。特段、悪意を感じるわけでもない。ただ興味本位で見ておるだけならばよいのだがな」


 狙いがわからない以上はどうすることもできない。現状打てる手がないので、シリウスは思考を切り替えて諦めることにした。


「危害を加えぬのならば、気にすることでもないだろう。だが、余たちは常に何者かに監視されておると、思って動いた方がよいな」


「お、おう! 当然わかってたぜ」


 そう言うが早いかイッサの動きがぎこちなく、あからさまに意識している歩きとなってしまっていた。それを見たスズが呆れたように息を吐く。


「イッサ殿。もっと自然に振る舞った方がいいですよ」


「わかってるって! 気にしない、気にしない……」


 ブツブツと自分に言い聞かせるようにしているが、残念ながら変化は見られない。

 その後もしばらく、意識しすぎるあまり、イッサは木でできた人形のように固く融通の利かない手足を動かし続けながら、街を歩くのだった。

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