狂熱、斬響、口惜しむ
土煙が舞った。それがスズがザクロへと迫った合図として、影が蠢く。
真正面からの打ち合い。スズが放った剣撃は、ザクロによって軽々と防がれる。鋭い金属音が耳をついた。
さらに、スズの乱撃が続く。細い針に糸を通すかのような正確さで、ザクロへ攻撃を行うものの、それら全てを彼は右腕だけでいなしきる。
一瞬の間隙にザクロもまた反撃の一振りを放つ。スズの首へと向けた斬撃は、しかし容易に躱される。
彼女は、その隙すらも見逃さない。彼が刀を振った後、崩れた防御に刃を刺す。
だが、男もこれを黙って受けることはせずに、返す刀で迎え撃った。互いに血を流さない、一進一退の攻防。しかしそのバランスは均衡ではない。常に攻勢を保つ、スズの攻め手の方がずっと早い。ザクロはその対処に手一杯の様子で、徐々に後退を余儀なくされているようだった。
「おお……っ。スズの姉ちゃん圧倒してるぜ。これなら助太刀なんていらねえんじゃねえか?」
「そうだとよいが……」
確かにスズが優勢だ。傍目から見ても、その事実は揺るぎない。だが押されているはずの男には、まだ余裕が感じられる。というよりも、斬り合いの中で未だ一切の感情の揺らぎすら見られなかった。
それに、スズの方も決定打まで一手足りない。紙一重で全ての攻撃をいなされ続けて、少し焦りが生じているように見えた。
斬撃が、僅かに大振りとなる。
「ぐ――っ!!」
その彼女の一撃を、ザクロが打ち上げた。膂力は男の方が上回っている。弾かれたスズは即座に姿勢を戻し、一歩踏み込んだ。
打ち上げた態勢から防御を構えるよりも、スズの方が一瞬速い。懐へと入った彼女はそのまま刀を振るった。
鮮血が、月に散った。左腕で受け止めたザクロは血を流しながらも、しかしその表情は変わらない。
汚れて、淀んで、濁った純粋な眼。彼はそこでようやく、スズと目を合わせた。
「――っ!?」
ザクロの刀が瞬時に落ちた。咄嗟にスズがその場から退いたが、同時に、紅い飛沫もまた、夜を染める。
「……しくじりました」
刀が虚しく、地面へと音を立てて離れる。スズの右腕から流れる血が、無念の言葉と共に土に染み入っていく。
「寧ろよく躱した。……彼奴、スズの斬撃を骨で受けたか。自分の身を削ることに、躊躇がまるでないな」
ザクロがそれまで使用していなかった左腕からは今も血は流れているが、スズほど致命的ではない。筋も機能しており、未だ自由に動かせるようだった。
「腕ごと斬り落とすつもりだったが残念だつまらねえもっと泣き喚いて苦しんでもがいてくれねえと楽しくねえもっとオレに肉を斬らせてくれよ細かく刻んでぐちゃぐちゃにさせてくれ」
笑いもせず、楽しんでいる様子もない。ただ言葉の羅列を並べるだけで、そこには何の感情もないようだった。
ただ、異常。
その異常を前にして、シリウスはスズの傷にそっと手を重ねた。
淡い緑色の輝きがその傷口を覆うと、瞬く間に先ほどまであった傷が修復され、衣服が斬れた事実だけが残った。
「……さすがはシリウス殿。感謝してもしきれません」
「あまり自分を責めるでない。余が治せるのは、見た目の傷だけだからな」
覇気を失いかけていた彼女にそう声を掛け、そのままスズの前へと躍り出る。
「ああ新しい肉だしかもとびきり若いいやなんだ? 見栄えはまだ赤子同然だが肉は熟成されてるな旨そうだ涎が出て来たよいいな初めての経験だ斬りてえなあ斬りてえなあ」
ザクロの狂気が膨らんで、その場を支配している。彼は悠然と歩きながら、シリウスへと間合いを詰め、虚空に飛ばした視線を向けた。
「すまぬがお主の趣味に付き合っておる暇はない。一瞬で片付けさせてもらおう。だが、ふむ――」
言葉を止めた。周囲を探るように、視線を巡らせるシリウスに、イッサが疑問を投げかける。
「どうかしたのかよ?」
「……いや、まあ気にせずともよいだろう」
未だ誰かに視られている。アウラムに来てから、一度だけ気配が消えた時があったが、それ以外はずっと、謎の視線を感じるのだ。
敵対者かあるいは、興味本位で観察しているだけなのか。意図も不明なそれを、どれだけ考えても仕方ない。
「――斬る」
月が作る、影が動いた。あるいは獣のように飛び掛かってくる狂気と目を合わせて、シリウスはただ一言呟く。
「|魔王の枷鎖妨げる鉤縄の産声《レ=インペディア=ガトルニス》」
突如、地面がうねりを上げた。巨大な質量を持った土の塊は、植物のツタのように、あるいはしなる鞭のように蠢き、ザクロの体を捕らえる。
が――
「――斬る斬る斬るゥ!!」
土の触手は斬撃によって元へと戻る。幾重もの土塊が襲い掛かるが、それを彼はものともせずに、ひたすらに刀を振るう。
浴びる泥の中を突き進むザクロの刃が、シリウスの眼前にまで迫った。
「見事だ」
「――っ!?」
しかし、刀が血で染まることはなかった。
気がつけば、ザクロの足や腕、体の至る所にまで地面から生えた土の触手に絡めとられており、刀の切っ先だけが、悔しそうに光っていた。
「ああ、もったいねえなあ」
そこで初めて、彼の心が動いたような気がした。どれだけ力を籠めているのか、刀を持つその手が、小刻みに震えている。
「お主は町の警備に引き渡す。お主の行いに対しての是非は、この国の者が決めるだろう」
彼の歪んだ瞳はその最後まで、ただ夜の先を見つめているようだった。
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