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【毎日0時更新】魔王の娘  作者: 秋草
第三章 廻槃福音のエニアグラム
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辻斬りザクロ

「イッサ、少し待て」

「あん? なんでだよ! 急いでるんだって!」

「気持ちはわかるが、今は余の傍にいた方がよい」


 視線の先、月が照らす街道を塞ぐようにして立つ、一人の男。それを見据えて、シリウスが声を鳴らす。


「あの男がどうかしたのかよ?」

「さてな。だが、どうにも怪しい」

「気にしすぎだって!」


 そう言うとイッサが駆けていく。街道にはシリウスたちの他に人はいない。男が真ん中に立っているからと言って、幅が広いおかげで簡単に避けられる。気にしすぎだろうか。イッサの後を追い掛けながら、シリウスたちも男へと近づいていく。

 やがて、月明かりに浮かぶ男の容姿が視認できた。

 ボロボロの装束に身を包んだ、猫背で瘦せぎすの男だ。歳は三十ぐらいだろうか。決して若くなく、目元のクマが余計に老けている印象を感じさせる。腰に下がる刀もまた、同様に古びているようだ。


 だが、それ以上に、異常だった。

 纏う衣には染料のような不自然な紅が染みついて、向ける双眸に収まるその瞳孔はずっと開いている。ただ一点、虚空を見つめたまま、彼はじっと動かない。

 さすがのイッサもその異様な雰囲気に気がついたのか、近づく歩幅を緩めて、警戒心を露わにする。


「だ、大丈夫だろ。こっち、見てねえし」


 そう言って、街道の端を抜けて通り抜けようとした。確かに、意識がシリウスたちへと向いているような感じはしない。気付いていないのか、あるいは対象は別にいるのか。

 真偽は不明だが、警戒するに越したことはない。イッサがいよいよ、彼の目前にまで到達する。


「……――だ」

「――え?」


 瞬間、イッサの笠が吹き飛んだ。真っ二つになった笠はそのまま、宙を舞い地面を転がる。


「……危ないところだったな」


 シリウスがイッサの首根っこを掴んでそう呟いた。手元の少年は、何が起きたのかわからないといった様子でポカンとしている。

 だが、目の前にいる男とこの状況を見て、すぐに察したようで、うわ言のように口を開いた。


「いま……、斬られたのか……?」

「うむ。無駄のない、卓越した剣技だ。目にも留まらぬ早業とは、このことを言うのだろう」


 イッサを下ろしながら、眼前を見据える。

 月明かりに光る白刃。刀は使い込まれたかのように痛んでいるが、その刀身はまるで生きているかのように異彩を放つ。

 そんな得物を片手で握る男の視線は、未だ定まらない。

 そして、その男に纏わりつくのは、何もその異常性だけではなかった。


「あなたが、件の辻斬りですか?」


 スズも近づいてきて、そう問い掛けた。十分な間合い。男の刀を受けるには、相手があと五歩ほど踏み込まなければならない距離だ。避けるも防ぐも簡単だろう。

 しかし、依然としてその異様は変わらない。

 声が届いているのかいないのか、男の態度に変化はないまま、雲が流れていく。

 やがてしびれを切らしたスズが、刀に手を掛けながら一歩踏み込んだ。


「出会っちまったが運の尽き。念のため、あなたを同心まで連れて――」

「にくだ」

「は?」


 それまで、黙っていた男が口を開く。耳障りで、しかしどこか消えてなくなりそうな孤独さも孕んでいる、そんな声。


「生きている新鮮な肉だ旨そうだ斬りてえなあどんな声で鳴くんだろうなあ試してえでも失敗したよな避けられたなせっかくのガキを斬る機会だったのに残念だ可哀想だ」


 一息で、連なる言葉が異常を加速させる。まるで呪文のようだ。しかしそれでいて意味のなさない幼稚な連鎖。

 普通ではないその状況に、スズが腰を落とし抜刀の構えを取った。


「あっしの声が届いてるなら、大人しく投降してください。そうすれば痛い目に遭うことはありません」


 しかしその声も、虚しく響かない。男は虚空を眺めたままになおも無意味な言葉を繰り返す。


「失敗したかならもう一度斬ればいいんだよ斬っても斬ればいいだろ動かなくなるまで斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って――」


 そうして、三日月のような笑みをどこでもない空間へと向けた。


「刀に血を喰わせねえとな」

「――っ!!」


 刹那、スズの手足が、風を生んだ。

 疾風となって彼女が繰り出した斬撃は、そのまま無防備な男の胸を切り裂く――

 だが、血を流すような結果は訪れない。

 ぎぃん、と不快な金属音が鳴り響いた。スズの一撃を防いだ男は、そのまま大きく後退。まるで何事もなかったかのように態勢を崩さず、胡乱な目つきが妖しく光る。


「申し訳ございません、シリウス殿。先を急ぐ手筈ですが、あっしはこいつを取り逃がしたくありません」


 語るスズの瞳は、真っ直ぐに。ひたすらに男へと向けられている。声に震えはない。だが、痛みや苦しみが伴っているように、シリウスには感じられた。


「構わぬ。余も手伝うか?」

「助太刀いただけると、助かります」


 そうしている間にも男は突っ立ったまま。誰に聞かせるでもない言葉を並べている。


「ああ刀は良い音も形も輝きも歯応えも見栄えも切れ味も何もかもが素晴らしいだがそうだな礼儀は必要だ斬り合う相手に礼節を欠くなど武士の名折れ」


 月を背に立つ男の、淀んだその表情はどこまでも昏く、そして悪い血色が月明かりに照らされてなお病的に映った。


「――刀に愛され刀を愛する血染めの亡者トウラン=ザクロが今宵の月も染めようぞ」

お読みいただきありがとうございました!


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