薄暮に鳴る旅立ちの汽笛
夕暮れに汽笛の音がこだまする。火事でも起きているのではないかと、心配するほどに煙を吐き出し続ける汽車へとバルダルが乗り込んでいった。
「オマエらはそっちの客室車両に乗れ。最後部に梯子が掛かってるだろ。そっから入れる」
そう言うと顔を引っ込ませた。言われるがままに連なる車体の最後部まで行くと、確かに乗り込むための梯子が見えた。
「こんなに大きいモノが何台も……。改めて、圧巻ですわね」
「今からそれに乗って、ゴザンの先のヤマトまで運んでもらうんじゃ。わしも初めて聞かされた時は驚いた。これを見て、さらに驚いたがの」
笑いながらジセイがひょいっと梯子を使って欄干へと昇った。それから木製の扉をスライドさせて、中へと姿を消す。
シャーミアたちもそれにならい、次々と中へと入る。
「――凄いわね。席がこんなに……」
客室の中を見て、シャーミアは感嘆の声を漏らした。
外からだと車体には鉄が使われていて無骨な印象を受けていたが、内装は全て木製で統一されているようだった。窓枠や並ぶ椅子、床や壁面に至るまで木の香りが漂っている。
天井にはランプが吊るされており、内装もあいまってぼんやりとした朝焼けのように柔らかい空間が彩られていた。
「試走じゃけえ他に客もおらん。好きな席に座りゃあええ」
「そうは言うけど、こんだけがらんとしてちゃあ落ち着かねェったらねェなァ。どこに座ればいいのかそわそわしちまうぜィ」
「アセビさんは酒が呑めりゃあどこでもいいんじゃろ」
「ガハハハッ、まあなァ」
言うが早いか、アセビはすぐさま手近の椅子へと腰掛ける。貴族が乗るような馬車と同じく、席同士が向かい合うタイプのものだ。シャーミアも特に離れて座る理由がないので、通路を挟んだ隣の一角に座った。
「寂しいねェ。おじさんの隣でもいいんだぜィ」
「遠慮しとくわ。酔っ払いの相手なんてゴメンだし」
「つれないねェ。おじさん泣いちまうよ」
言葉ではそう言っているが、アセビはどこか嬉しそうにしている。そのアセビの前に、ジセイが勢いよく腰掛けた。
「おお? サキガケ家の次男坊が酌してくれんのかィ?」
「おどれの話はずっと聞いとる。クザクラ将軍お抱えの武士、テンリョウ=アセビ。クザクラ将軍のためなら、どんな仕事もこなす人間じゃろ? こうして面と向かって話す機会もない。改めて語らおう」
「話すことなんてねェけどなァ?」
「諸外国を周っとったそうじゃな。何か探しもんか?」
軽い調子でそう尋ねるジセイにアセビは黙り、それから酒を呷った。触れ辛い空気だ。大人同士で積もる話でもあるのかもしれない。ルアトもリリアも、シャーミアが座った近くに静かに腰を下ろす。
「……そんな大層なもんじゃねェさ。世界を周って、そんで酒を呑む。良いもんだぜィ?」
「惚けとるな。クザクラ将軍に仕える人間が、そんなことのために外周るわけないじゃろ。この汽車みてえな、面白いこと企んどるとわしは見立てとる。違うか?」
「残念ながら的外れだねィ。次男坊が好むようなことは、何一つねェさ。俺たちのことを、ちょっと買い被ってるよそりゃあ」
「はっ、意地でも言わねェつもりじゃな。ならいいや。まだまだ夜は長いんじゃ。酒に酔わせて、どっかで吐かせるとしよう」
「おお、そりゃあいいねェ。酒ならいくらでも飲めらァ」
一瞬、居心地が悪い雰囲気になるかと思われたが、すぐに空気は一転。どうやら隣では酒盛りが始まりそうだ。賑やかな声に、不用意な心配をしたと、シャーミアは背もたれに体重を預けた。
「あ、見てくださいまし! 動くみたいですわよ!」
楽しそうな声音を上げ、窓の外を指差すリリアに、車窓の景色へと目を向ける。そこにはゆっくりと動き始める町並みと、この汽車を動かす準備をしていたドワーフと男たちの姿が映る。
そして白煙と黒煙が勢いよく巻き上がったかと思うと、汽笛の音が夕暮れの町に響いた。
やがて、僅かだった車体の揺れは、確かに肌へと伝わり感知できるほどに、次第に大きくなってくる。それと同時に、車内には小気味よい音が一定の間隔で刻まれ始めた。まるで何か大きな生き物の心臓の音かのような、その体内で音を聞いているかのような感覚を覚える。
不思議な感じだ。馬車や帆船では味わえない、未知の体験にシャーミアの心は高揚し始めていた。
「これが汽車というものか! 随分と興味深いな!」
「ヌイ?」
ぴょん、と。シャーミアの頭からその膝へと降りる小さな少女。紅い髪がふわりと舞い、ご機嫌な様子で胸を張った。
「本体もこの景色を見たがっておってな! 余は心優しいから直接見てやることにしたのだ! ふふん」
どこに誇れる要素があったのだろうか。首を傾げるシャーミアをよそに、リリアが嬉しそうに声を上げる。
「ヌイ様! どうぞこちらへいらっしゃってくださいまし。よく景色が見えましてよ」
「ヌイ様。こちらに甘味を用意しています。どうぞ召し上がってください」
ルアトまで、町で買った菓子を取り出して餌付けする始末だ。あっという間に出来上がったヌイを甘やかす空間に溜息を漏らす。
だが同時に、笑いも溢す。
それは汽車に乗るという初めての体験をしているからか、あるいはこのぬるま湯のような空気に飲まれているからか。
どちらだろうか、と。考えることも止めて、シャーミアもまた車窓から見える夕陽に、目を輝かせるのだった。
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