若芽が向かうその先には
「はあ、なんだかどっと疲れたわね……」
ジセイと名乗った男が立ち去って、ほっと一息を吐く。ルアトと違って体を動かしたわけでもないし、戦ったわけでもなかったが、それでも緊張の糸が解れたような感覚に戸惑ってしまう。
「申し訳ございませんわ。私のせいで……」
見るからに肩を落とすリリアに、シャーミアはわざと大きい素振りで首を横に振った。
「リリアちゃんのせいじゃないわよ。まあ、ああいう人もいるってことは、知っておいた方がいいわよね。リリアちゃん、可愛いんだから」
「シャーミア様の方が可愛らしいかと思いましてよ。……でも、そうですわね。まだまだ私の知らない世界があることを痛感いたしました」
その瞳は、強く、光が煌めいている。落ち込んでいるようではないことに、ひとまずシャーミアは胸を撫で下ろす。
それからリリアは、川の水で濡れた上着を脱いで叩いていたルアトへと視線を向けた。
「ルアト様も、その、助けてくださりありがとうございました」
「気にしないでください。困ったときはお互い様ですから」
爽やかに笑うルアトのその言葉にシャーミアも同意するように頷く。しかし、リリアは優しいというか、真面目だ。そんな答えで全てを呑み込めるわけもなく、納得していない様子で胸に手を添える。
「ですが、あの、私は勝手にルアト様とお付き合いしていることにしてしまいましたの。嘘とは言え、心苦しい思いをさせてしまったのではないかと……」
歯切れが悪く、彼の顔色を窺うように告げる。確かにリリアならば気にする部分かもしれない。成り行きとはいえ、人の思いを無視して利用した形になってしまったのだ。周囲が仕方がないと割り切っても、当人が許せないのだろう。
ルアトも彼女の想いに気がついて、開きかけた口を再び閉ざす。そして、近づきリリアの高さに視線を合わせた。
「こちらこそすみません。リリアさんのような方に、僕は相応しくなかったと思います」
「……っ、そんなことは――」
「リリアさんも、あのジセイという男も、傷つかない方法がきっとあったはずですが、僕にはあの時、向こうの提案に乗ってしまいました。そのせいでいたずらに不安を抱かせてしまったと思います。シリウス様ならば、もっと上手くやれたと思うのですが、中々上手くいきませんね」
眉を下げて、困った顔で笑うルアトに、リリアはかけるべき言葉を見失っているようだった。
そのまま、ルアトは言葉を続ける。
「僕の目指すべき道は、シリウス様の望む世界と同じ場所にあります。ですから、あの方の背を追いかけるだけではなく、その隣に立たなければ意味がないと思っているんです」
「シリウス様の、望む世界、ですの?」
「はい。魔獣と人間との共存世界。それによる世界平和を、あの方は望んでいます。僕も同じ想いです。両親を殺した人間には憎しみもありますが、二度と僕のような存在を生まないためには、シリウス様の理念が不可欠だというのが僕の結論です。その上で、リリアさんに尋ねます」
ルアトの声が優しく響く。考えを訊くのではなく、心に訴えかけるような。そんな柔らかい口調だった。
「君の願いは、なんですか?」
「……私の願いは――」
じっと、ルアトの瞳を見つめ、彼の問いに応えるに相応しい言葉を探っているようだった。
しかし既に言うべき答えは決まっていたのか、その後すぐにリリアは口を開いた。
「世界を見て回り、それから――、私の故郷である聖都を、昔のように美しい場所へと戻すことですわ」
「……なら、共に世界を見て回りましょう」
姿勢を正し、微笑むルアトをリリアは見上げている。彼はちらりとシャーミアの方へと一瞥したが、すぐにまた空色の髪を揺らす彼女へと視線を戻した。
「共に世界を知って、人と関わり合って、想いに触れましょう。僕たちは、何も知りません。人のことも、魔獣のことも、勇者のことも、世界を取り巻く情勢も。だからこの旅で学ぶんです。それぞれが目指すべき場所への、最適解を探すために」
その言葉に、シャーミアは空を見上げた。どこまでも高い空が伸びている。鳥は自由に空を駆け、雲が風に乗って気ままに流れていく。
人のことも、魔獣のことも、勇者のことも、シャーミアにとっては知らなくてもよいことだ。目指すべきは、シリウスへの復讐。そこに他の要素は必要ない。
だが、彼女が進むその未来に、自分もまた追いつかなくてはならない。先へと歩み続けるシリウスと並ばなければ、自身の目標達成には遠く及ばないだろうから。
「リリアさん、それにシャーミアも」
ルアトが呼び掛ける。いつものような棘はない。そこに立つには、生意気な態度を見せるライバルではなく、嬉しそうにはにかむ優しそうな青年だった。
「僕たちは、行く先は違いますが志を共にする、仲間です。時には前を向けない時もあります。違う道に向かいそうになる時もあると思います。その時は、僕を殴ってください。気負わず、全力で」
「わ、私もっ。ルアト様やシャーミア様にご迷惑をおかけすることがあったら、遠慮なく殴ってくださいまし!」
彼女のその覚悟に、思わず笑みが零れた。
「ルアトはわからないけど、リリアちゃんが道を間違えることなさそうだけど」
「失礼ですね。いま君を殴ってもいいんですよ?」
いつものルアトの対応だ。なんとなく、シャーミアの心の靄まで晴れたような気がして、破顔する。
それから三人は、当初の予定通りに買い出しを再開するのだった。
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