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【毎日0時更新】魔王の娘  作者: 秋草
第三章 廻槃福音のエニアグラム
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サキガケ=ジセイ②

 水しぶきが勢いよく上がった。殴り掛かってきたジセイの拳を、ルアトは涼しい顔で弾き返す。

 ルアトもまた彼の腹部や顔面への殴打を狙うが、同様に防がれてしまう。何度も打ち込むが決定打には欠ける。互いが互いの攻撃を、躱し、防ぎ、弾いていた。腹への攻撃は拳の甲で逸らされる。顔面への攻撃は拳を掴まれてしまう。


「埒が明かんのお!」

「そうでもないかと」


 意気揚々と口角を上げたジセイに、そう冷静に返す。だが、片手を掴まれたままでは満足に動けない。好機と見たのか、ジセイが一歩踏み込んで大ぶりな一撃を放つ。

 見ただけで先ほどよりも速さが乗った、重い一撃だとわかる。まともには受けられない。とはいえ回避しようにも掴まれている拳は、まるで万力に握られているかのように動かせずびくともしない。

 迫る腹部への一撃へ、ルアトもまた己の拳を打ち込むことで相殺する。


「ぐっ……」


 空気が弾けたような音が鳴った。同時に拳から衝撃が貫いて走る。

 やはり、体格がルアトよりも二回りほど違うからか、放たれる一撃も相応に力強い。穿たれた攻撃は相殺しきれず、鈍い痛みを振り払うように左手を振った。


「結構力込めて殴ったんじゃが、見た目の割には随分頑丈なんじゃの」


 呆れた様子で言いながら、しかし彼は余裕の表情を保ったままだ。まだ、右拳は掴まれたまま。攻勢はジセイに傾いた状態が続いている。

 彼がまた拳を構え直すと同時、ルアトはわずかにその身を捻った。


「なんじゃ? 何をしてもこの手は離さんぞ」


 そのまま、再度一撃を見舞おうとジセイが構える。竜の鱗があるとはいえ、先ほどの攻撃はそう何度も受けられない。

 彼が拳を放つその瞬間、ルアトはジャンプするようにその場で両足を曲げ、そしてジセイの顔面へと蹴りを放った。


「――っ!?」


 両足は見事に彼の鼻っ面に吸い込まれて、のけぞった。ジセイとの距離が離れていく。右拳の拘束も解けた。バランスを崩している今が追撃のチャンスだ。

 うまく着地したルアトが勢いのままに、よろめくジセイへと踏み込む。だが、ジセイもそれはわかっているかのように、ルアトとの距離を保ったまま、後退。流れるように堀から上がっていった。

 ルアトもまたそれを追い掛ける。


「おどれ、よくもわしの顔を汚しくれたのお。これでも、面の良い男じゃ言うて評判じゃったのに」


 待っていたジセイが、鼻から流れる血を袖で拭う。確かに、よくよく見てみればこの男の顔は整っているようにも見える。と言っても、気品のある美しさではない。荒々しい自然が作り出した風景を彷彿とさせる、着飾っていない顔立ちの良さのようなものだった。


「ご心配なく。今の君もよく似合っていますよ」

「男にそんなこと言われても嬉しゅうないわい!」


 豪快に叫ぶジセイが、その派手な上着を脱いだ。動き辛そうな服だったので、その行動は理解できたが、それよりもその腰に携えた武器へと視線が移った。


「君も刀を使うんですね」

「実家からかっぱらって――、借りてきた刀じゃ。こいつにゃあ凄い力が秘められとるんじゃ」

「刀霊解放、ですね?」


 彼がその大ぶりな刀を二振り、引き抜くと鋭い輝きが刀身に満ちた。アセビや、スズの持っている刀よりも刀身が短く、その分身幅がかなり長い。まるで斧か何かのような様相を放つそれらの刀を、ジセイは慣れた様子で構えた。


「そうじゃ、と言いたいが、わしはまだこいつの力を引き出せん。じゃけえおどれとやるのは、ただの力のぶつかり合いじゃ」

「なるほど。わかりやすくていいですね」


 とは言ったものの、あの手の武器を相手にするのは初めてだ。自分の体は刀を受けられるのか、不安が過る。


「ただ、これ以上彼女たちを待たせたくありませんから――」


 自らの体に巡る魔力を、コントロールする。自由に、不揃いに、無駄に流れていた魔力を、拳や足、随所に行き渡らせる。


「……なんじゃ。まだ本気出せるんか」


 纏う魔力に、ジセイが笑った。だが、その笑みからは余裕が消えていた。虚勢ではなく、警戒するべき相手として、刀を握り直したようだった。


「竜幻闘法、というモノです。ある方の戦い方を参考にして自分なりに真似たモノですが、まだまだ未熟だと、この間痛感したばかりでして」

「それでまだ、未熟じゃ言うんか。まったく、近頃の子どもは末恐ろしいの」


 ぎらついた瞳に伴うその声に、覇気が灯った。見ればその全身にも、今まさに爆発しそうなほどの力が漲っている。

 だが、仕掛けてくる素振りはない。恐らくカウンターを狙っているようだった。

 ならば同じフィールドで戦おう。誘われるがままに、ルアトは腰を落とし、宿る魔力を爆発させる。

 その姿が消える。

 風が暴れる。

 土を蹴った砂塵がその場に残り、一瞬の後にルアトの拳がジセイの体へと到達する――


「そこまでよ」


 が、拳が振り抜かれることも、ジセイがカウンターを決めることもなかった。

 互いの体は、まるで絵画で描かれたかのようにその場でピタリと止まって、向かい合っている。

 顔は動かせない。だが、耳に届いた声でわかる。その声の主は、呆れた様子で二人の近くにやって来た。


「アンタたち、やりすぎよ。ただの殴り合いなら……、まあそれも良くないんだけど、でも武器を使うのは見過ごせないわ」

「シャーミア」


 傍にいるその人物の名を呼んだ。同時に、全身に纏っていた魔力を元の流れに戻すと、ようやく体に自由が戻ってきた。


「……体が、動く。おどれの仕業か?」

「そうよ。影に刺せば対象の動きが止まるの。なんなら、もう一回やってみせてあげてもいいわよ?」


 シャーミアと、その隣にいるリリアを眺めて、彼は瞼を閉じる。


「いや、もうええ」


 肩の力を抜いたようにジセイがそう言うと、刀を納めて上着を拾った。


「あのまま、やりおうてたら、負けてたんはわしの方じゃった。ルアト言うたな。おどれの方がずっと、速かったからの。じゃけえ認めんとな。おどれは彼女に相応しい。完敗じゃ」


 晴れた表情で、背を向けると彼はそのまま立ち去ろうとする。


「あ、あのっ。せめて怪我を治療いたしますわよ!」

「ん、ああ」


 振り返り、リリアへと視線を注ぐ。その瞳には、先ほどのような獣のようなぎらつきはなく、ただ愛しいモノを見つめるような、温かいそれに変わっていた。


「やっぱりおどれはいい女じゃ。わしが惚れただけはある。その気持ちだけで、嬉しいもんじゃ。じゃが今はそれを受け取れん。この怪我は、今日のことを忘れんための戒めじゃけえの」


 まっすぐ見つめる視線が、ルアトへと向けられる。彼は口角を上げて、爽やかな表情のまま、指を差した。


「今度は、負けん。必ず勝って、彼女に相応しい男になる」

「……ふふ、何度でも相手になりますよ」


 つい、その熱意に笑ってしまった。彼のことを見下しているわけではない。純粋に、その心意気を称えるべく、ルアトもまたそれに応じる。

 そのことに満足したのか、ジセイは踵を返して今度こそ、その場を後にしたのだった。

お読みいただきありがとうございました!


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