サキガケ=ジセイ
果たして、リリアの主張は無事、その場全員の耳に入った。白い肌を赤らめながら、必死に訴えかける彼女の様相に、場は静まり返る。
だが、それも一瞬。真っ白になった思考をすぐさま取り戻したルアトは、腕に抱き着くリリアへと視線を落とした。
「……リリアさん。すみませんが、僕にはシリウス様が――」
「わ、わかっておりますのよ。でも……」
目の前の不審な男に聞こえないような声音でやり取りを交わす。ルアトを見上げる、彼女の視線は泳いでいて、どうやらそれ以上言葉を紡げそうにない。
何を言うべきか。かける言葉を選んでいると、鋭い気配が全身を呑み込んだ。
「……おどれ、そりゃあホンマか?」
派手な衣装に身を包む男から、敵意を向けられている。いや、それは最早殺気に近い。黒く、鮮やかな殺意。粘ついた感情ではない。そこから感じるのは、ただ敵対者を排除しようという意志のみ。明瞭で、簡潔で、わかりやすいものだった。
「……本当だとしたら?」
「はん。決まっとるじゃろうが」
男が放つ殺気の刃はさらに尖る。広範囲に広がっていたそれらを、集めて凝縮して一本の槍としたかのような、そんな視線がルアトを貫く。
「この世は力あるもんが総取りする時代じゃけえ。ほんまはそれは好かんが、今だけはわしもそれにあやかろう」
「暴力では解決しないこともあると思いますが」
「解決せんかったら、そん時はまた別の手を考えりゃあいい」
盛大に嘆息を吐く。これはどうあっても、諦めてくれない雰囲気だ。本来ならば無駄な諍いは避けるべきだが、今は少し事情が違う。
不安な双眸を見せるリリアに笑顔を見せると、しがみつく腕を剥がして守るように、彼女の肩を抱き寄せた。
「ル、ルアト様……っ!?」
「すみません。この方を君に差し出すわけにはいきません。お引き取り願えますか?」
動揺しているリリアを他所に、ルアトは改めて怒気放つ男の視線に応じる。
男もそれを見て、ニヤリと笑った。
「ただの小動物じゃと思いよったが、なかなか良い顔見せよる。じゃが、わしも退けん」
男は勢いよく足を踏み出し、腰を落とす。そして開いた手をルアトたちへと掲げて、空高く吠え叫んだ。
「惚れたが因果、腫れたは一生! 張れる見栄は惜しげなく、足りんというなら名を轟かせよう。クレの街、名家サキガケ家の次男坊。名をサキガケ=ジセイ。世に響く放蕩数奇の傾奇者たあ、わしのことよ!」
「……随分と、威勢のいい挨拶ですね」
あまりに溢れた自信に、感心すら覚えてしまう。それだけ心地の良い名乗りを上げられてしまうと、こちらも名を名乗らなければと思えるほどだ。
「ルアトと言います。君のような立派な口上はありませんが、互いを知るのにこれ以上の言葉は不要でしょう」
リリアから手を離し、構えを取る。両足を前後に、重心を落としていつでも迎え撃てる態勢に移行した。
ジセイと名乗った男も満足した様子でそれを見て、拳を構える。
「ちょっと、なんで戦う流れなわけ?」
しかし、それに待ったをかけたのは、シャーミアだ。何もおかしくはない。彼は必ず倒すべき相手でも、こちらの命を脅かすような存在でもないのだから。ただ逃げればいいだけの話。彼女のその呼び掛けは正論だと言えた。
しかし、とルアトは反論する。
「リリアさんにこれ以上付き纏われても可哀想ですし、潔く退いてもらうにはこれが手っ取り早いと思いませんか?」
「……まあ、それはそうかもだけど」
逃げたところで、このジセイという男はどうせ諦めない。執着という生半可なものではない。それは彼が納得するまで続くだろう。
シャーミアは納得いっていない様子だったが、そんなことをジセイが知る由もない。彼からすれば、目の前の敵を排除して、惚れた相手を奪うだけなのだから。
「銀髪の嬢ちゃん。これは男の勝負。手も口も出さんでもらおうかの」
「あんたね、そんなこと言っても、あたしたちには口を出す権利が――」
未だ不服を露わにするシャーミアの言葉は、最早彼の耳には届かない。
姿が消えた。と、そう認識した時には既に、ジセイの体がルアトの前にまで到達。そのまま弾き出された拳を、ルアトは蹴り上げて弾いた。
空気が破れる、音がこだまする。
だが、一時的に無防備となったルアトの体へ、ジセイの蹴りが見舞われた。
「ルアト様!?」
重い。内部にまで響く一撃だ。しかし致命的ではない。すぐに態勢を立て直すことはできる。
横にぶれ、吹き飛ばされるルアトへ、さらにジセイは追撃を加えようとしていた。
咄嗟に防御の構えを取る。組んだ腕に、彼の重い拳による一撃が届き、そのまま近くを流れていた小川へと叩き飛ばされた。
水滴と土砂に塗れるが、傷はない。それに、着地の衝撃もそれほどではなかった。だが、先ほどの攻撃で腕が痺れている。
拳を握り、また開いて支障がないことを確かめるルアトに、見下すように声が落ちてくる。
「恋も喧嘩も男の花じゃ。女にゃ手出しさせん。思う存分、語り合おう」
「一方的に殴り掛かってきて、よくそんな言葉吐けますね……」
「あの程度もいなせんようじゃ、それまで言うことじゃ!」
随分と厄介な男に目を付けられたものだ、と。この場にいないリリアの心配をしてしまう。今後、同様のことが起こらないとも限らないが、その懸念は今は後回しだ。
堀を下りながら飛びかかってくるジセイを、拳を構えてルアトは迎え撃つ。
お読みいただきありがとうございました!
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




