京へと向かう旅支度④
リリアは産まれてからずっと、聖女の跡継ぎとして育てられてきた。朝は祈り、昼は聖歌を謳う。夜は聖女としての立ち居振る舞いを、母や指導役から教えられて、その厳しい指南を胸に抱きながら眠る。時には教会に顔を出したり、時には政にも関わったりする。幼い頃からそうした生活をしてきて、それが当たり前だった。
聖女としての日常に安息は存在しない。遊ぶことはおろか、異性と話すことすら許されていない。許可されていたのは、母や指導役の前でのみ。完全に不自由に縛られた人形のように、リリアはそれを受け入れていた。
母のため、父のため。この国のため。それが正しいことだと、信じ込んでいた。だが、最近では聖都内部でのいざこざが目立ち、両親もそれに頭を悩ませているらしい。人間同士の対立で、生まれるものなどないだろうに、今の聖都には嫌な感情が渦巻いていた。
それをどうにかしたい、あるいは他の目指すべき道があるはずだ。今している旅は、そんな答えを見つけるための、旅でもあった。
それが、彼女が唯一、鎖に縛られていないひと時で、楽しく新鮮な瞬間。今だって、そうだった。
歳の近い仲間に囲まれて、頼りになる存在まで傍にいてくれている。リリアの旅は、常に驚きと発見の連続で、僅かな景色の違いであっても楽しかった。
「わしはあんたに一目惚れした! 天女様! どうかわしと婚姻してくれんか!?」
だからその提案も、リリアにとっては衝撃的と言えた。
それは誰だっていきなり見ず知らずの男に求婚を申し込まれれば衝撃が走るわけだが、これはそういった話ではない。
リリアにとっては、異常も異常。何故なら、これまでの生活において、異性とはろくに会話もしてこなかったからだ。過去一度だけ、幼い頃に現『涙の勇者』であるフェルグと遊んだことがあるが、それだけ。事務的な会話こそあるものの、それ以外の無駄な話は一切ない。
わき目も振らずに上がった咆哮に近い告白は、町にこだまし静寂を呼び込む。
どこかでカラスの声が鳴いた。それはまるでリリアの心境を代弁してくれているようで、それにつられるように、リリアも叫ぶ。
「なっ、いきなり何を言ってらっしゃるんですの!? 婚姻って、その、お互いに好意を持った方同士が結ぶモノですわよね?」
顔を赤くして、両隣にいるシャーミアとルアトに視線を送る。二人も、あまりのことに固まってしまっているようだ。というか、どこか呆れ気味にも見えた。
「……リリアちゃん。アレは相手にしちゃダメよ。反応したら余計に勘違いさせちゃうタイプだろうし」
「シャーミアの言う通りですね。ここは無視をして立ち去るのがいいかと」
確かに、と。リリアも納得する。彼の人柄はまだわからないが、それにしても急な話だ。ここは丁重にお引き取り願った方がいいのだろう。
「あの、私たち知り合ったばかりですのよ? こ、婚姻とかは、まだ早いかと思いましてよ」
「あっ、また――」
「……?」
シャーミアが苦々しい声を上げた。どうしたのだろうか、と首を傾げるリリアに溜息混じりに彼女は答えをくれる。
「声を掛けるのも良くないんだけど……、まあ、それがリリアちゃんの良いところだもんね……」
「え、ええと……」
シャーミアもルアトも、彼のことを放っておいた方がいいと言っていた。すぐに自分が犯した失敗に気がついたが、どうやら少し遅かったようだ。
「ほんなら! 段階を踏んで知り合おうていきゃあええってことじゃのお!」
リリアとしては断ったつもりだったのだが、その派手な色合いの服を着た男はめげる様子も見せない。どころか、一歩その足をリリアへと寄せてくる。
「そ、そういうことじゃありませんのよ! 私は今はそういうことは考えられませんから! お付き合いなんて、できませんの!」
「大丈夫じゃ! わしはいつまでも待てる男じゃからのお!」
「そういう問題じゃなくってよ!? そもそも! まだお名前も知らない殿方に、好意を寄せると思いまして!?」
「おお、そりゃあそうじゃ。自己紹介はちゃんとせにゃあいけん。わしの名前は――」
男がそう、名前を告げようとしたその時、リリアの前に影が入った。
「そこまでですよ」
「フラれたんなら潔く引きなさいよね」
シャーミアとルアトが、男とリリアの間に立って、壁となってくれていた。邪魔をされた男は面を食らった様子だったが、すぐに邪魔者を睨むようにその顔を険しくさせる。
「なんじゃ、おどれらは?」
「あたしたちは彼女の仲間よ」
「仲間?」
二人がリリアを庇ってくれているが、男はそれで怯む素振りもない。寧ろその瞳を鋭くさせて、剣吞な雰囲気を放ち始めている。
「仲間か何か知らんが、わしはいま大事な話をしとるんじゃ。おどれらは黙って見とけ」
「大事な仲間が困っているから、こうしているんですが」
「……人の恋路を邪魔するヤツは、どうなるか知っとるか?」
言葉を交わす度に、一色即発な空気が膨らんでいく。このままだといつ手が出てもおかしくはない、そんな気配の色が濃い。
何か良い案はないか、と。焦るリリアの頭に名案が浮かんだ。
確証はないが、要は目の前の男に諦めさせればいいわけだ。きっと怒られるだろうが、この状況を切り抜けるためには仕方ない。
リリアはすぐに前にいたルアトの腕を掴み、そしてその身を寄せて、叫んだ。
「わ、私、この方とお付き合いしておりますの! ですからっ、諦めてくださいませんこと!?」
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