京へと向かう旅支度③
外に出ると活気のある声が飛び交って、歓声と共に広場に満ちていた。
「水と石炭、まだ倉庫にあったよな!? ありったけ詰め込んどけ!」
「異常音もなし。連結部も問題ねえな」
汽車の周りにはドワーフたちが集まっていて、先ほどの男たちもまたそのドワーフたちと共に忙しそうにしている。
ぼうっ、と。ひと際大きな音が鳴る。
汽車の煙突部から黒煙が上がり、甲高い警笛のような音がシャーミアたちの耳に響いた。
同時に沸き立つ歓声も、その音の余韻を引き延ばす。
「す、すごい迫力ですわね……!」
「本当に、これが動くの……?」
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。原理はよくわからないが、見たこともない光景に目を奪われる。
見れば見るほどただの鉄の塊にしか見えないが、その存在感は圧倒的。いつ動き出してもおかしくない雰囲気はあった。
「まあ、まだ準備は終わってねえからな。すぐにとはいかねえ。準備できたら呼ぶからよ。今のうちにオマエらは町でも見て回ってりゃあいい」
腕を組み、満足そうに話すそのバルダルの提案に、アセビもまた頷いた。
「おうおう、それがいいや。アウラムの街並みをゆっくり観て周る機会もこれまでなかっただろう? 色々と買い出しもあるだろうし、行ってきなァ。俺たちはここにいるからよォ」
そう言ってアセビが酒を口に含んだ。彼は恐らく酒を落ち着いて呑みたいだけだろう。その様子に呆れながらも、シャーミアたちとしてもその提案はありがたかった。
「確かに、食料とか買っておいた方がいいわよね」
「そうですね。この先何があるかわかりませんし、備えておいた方がいいでしょう」
食料の備蓄、と呼べるほどの大層なものではないが、多少なりとも蓄えはある。しかしアウラムに来てからろくに買い出しも行っていなかったこともあって、それらの補充をした方がいいのは間違いなかった。
「――それじゃ、ちょっと行ってくるわね!」
「ああ、行ってこい行ってこい。夕方までには、戻ってくるんだぞ」
バルダルとアセビに見送られる形で、シャーミアたちはボウチョウの町へと繰り出した。
◆
腹が減っている。それはわかる。だが体がどうにも動かない。
地面に突っ伏したままかれこれ半日は経っただろうか。往来のど真ん中で転がっているにもかかわらず、誰も助けてくれない。薄情な町民たちだと、そう笑う体力もない。
理由は大体想像がつく。自分のこの見た目が問題なのだろう。
普通の着物を着ていればまだ心配もされるだろうが、今着ている衣服は赤や青、桃色といった派手目な着物をさらに改造した、最早服なのか何なのかわからない代物だ。
そんな人間に、進んで近寄ろうとするものなどいないはずだった。
「もうあの人ずっとあのままよ。同心呼んだ方がよくないかねえ?」
「ありゃあ、ほら、あの家の息子さんだろう……」
「ああ、あの親不孝息子ねえ」
「同心はもう呼んだって話だ。しっかし、どうにも同心たちは忙しいようだ。もしくは、すっかり忘れちまってるのかもしれねえな」
通り過ぎる人からそんな声が漏れて聞こえてくる。まだ聴覚が機能していることに驚いたが、そろそろ意識も失いかけている。
このまま遠くなっていく気に身を委ねて、やがて帰ってこなくなるのだろうか。
無常な人生の幕に悲観していると、また声が飛んできた。
「た、大変ですのよ!? 人が倒れていますわ!」
切迫した、焦燥に駆られた声音は女性のようだった。しかし、これまで通り過ぎて行ったどの人の声よりも、澄んでいて耳心地がいい。まるで詩を聞いているような、晴天を彷彿とさせる風靡な音色だ。
「安心してくださいまし。いま、助けますわ!」
声の源はすぐそばで鳴った。その女性が何か続く言葉を唱えたかと思うと、全身の苦しみが和らいでいった。
全身が湯にでも浸かったかのような感覚だ。心地良さは天にでも昇るようで、寧ろこのまま身を委ねて眠ってしまいそうになる。
「もう、大丈夫ですわよ。栄養が不足していたんですのね」
太陽の光よりも、柔らかい声にハッと目を覚まし、起き上がった。理由は単純だ。この窮地を救ってくれた恩人に、礼を言わなければ恥もいいところ。
果たして、希望の主は目の前で佇んでいた。
「元気になったみたいで良かったですわ」
それは、一凛の華だった。あるいは絵巻物に描かれた、後光が射す女性のような、ともかく目を奪われる存在であったことに間違いはない。
編み込まれた淡い空色の髪。整っているもののどこか風で吹かれてしまいそうな、儚い容姿。清廉を象徴したような衣服。
そして全てを包み込んでくれるような、温容な微笑。空腹など忘れたように、その姿に夢中となってしまう。
「天女様じゃ……」
「え?」
「わしはあんたに一目惚れした! 天女様! どうかわしと婚姻してくれんか!?」
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