京へと向かう旅支度
一通り、この汽車の周りにいた男たちは無力化できた。短剣を納め、正面へと向き直ると後回しにした男二人と目が合った。
「ちっ――!? こうなったら……!」
彼らはすぐさま手近にいたバルダルを捕らえると、一人がその喉元に刀を突き付ける。
「おい! それ以上暴れたら、このおっさんやっちまうぞ!?」
シャーミアへと向ける視線には怯えと畏怖が多分に含まれている。声も刀を握る手も震えているその有様は、最早どちらが悪者か。罪悪感が湧いてしまうが、今さら気にしても無駄だろう。
それに、もうシャーミア自身の仕事は終わった。
「まったく、また一人で突っ走って……」
「へ――?」
いつの間にか背後に立っていた青年の声と共に、男の体が宙に浮く。首根っこを掴んだルアトが軽い調子で、まるで雑草でも引き抜くような素振りでバルダルの近くにいた男を投げ捨てた。
「おわああああああああ~~――!?」
情けない悲鳴と共に宙を舞った男は、そのまま地面に不時着する。残ったのは高身長のルアトに睨まれる男一人。
周りを見て、そして自分の状況を改めて悟ったのか、彼は即座に刀を捨てて、膝を折る。
「申し訳ございませんでした!!! マジ調子乗ってました――っっ!!」
吐き出すような謝罪の言葉が、人の集まる広場にこだました。
「はあ……、こっちこそ悪かったわよ。別にあたしたちもアンタたちを痛めつけたいわけじゃないし」
シャーミアはそのまま、黙って見守っていたリリアへと目を向ける。彼女も意図を汲んでくれたらしく、小さく頷くと手に持っていた杖を天に掲げた。
「――聖女の癒しよ、無辜の民に」
杖先から薄緑色の輝きが放たれる。波紋のように広がる光は、倒れ伏す男たちの元へと降り注いだ。
「……おっ!? なんだ!? 急に痛みが――」
「傷も治ってるぜ!」
不思議そうに顔を綻ばせながら、男たちははしゃぐ子犬のように立ち上がり自分の体を確かめる。光が消えると、シャーミアが付けた傷は全て、綺麗さっぱり塞がっていた。
「おい。傷まで治してやる必要なんてなかっただろ」
不機嫌そうなバルダルが、シャーミアへと鋭い視線を飛ばす。
確かに彼とこの男たちとの間には、様々な負の感情があるのだろう。元々は用心棒として雇っていた人間も、中にはいるはずだ。
裏切りや葛藤。そうした思いが混在した上で、そんな言葉が吐き出されたのかもしれない。
「知ったこっちゃないわね」
「……なんだと?」
「アンタの依頼はこの人たちの心を折ることでしょ? あたしたちはそれを成し遂げた。その後でこの人たちを治療しても、それはアンタに関係ないことよね」
「そんな理屈がまかり通るわけねえだろうが。回復させて、またコイツらが調子に乗ったらどうする」
「その時はまた懲らしめるわよ」
ふっと、笑ってみせるとバルダルもそれ以上の口論は無駄だと悟ったのか、閉口した。相変わらず頭が固いし口も悪い。これは今後も骨が折れそうだと肩の力を緩めたところで、一人の男が近づいてきた。
最初に顎への一撃を見舞った男だ。
「……その件ですが、安心してくだせえ。もうドワーフさんたちにゃあ、不利益なことはしませんぜ」
「それなら良かったわ」
「――ですが」
「……?」
眉を顰め、怪訝な顔を見せるシャーミアをよそに、男はその大きな体躯で膝をついた。
次いで、周囲にいた他の男も全員、彼と同様に膝を地面につき、シャーミアに向かって頭を下げる。
「代わりと言っちゃあなんですが、是非俺らを姐さんの子分にしてくだせえ!」
「はあ!?」
予想もしていなかったその発言に、思わず外れた声が飛び出てしまった。状況についていけない。そんな中でも先頭で膝をつく男は、頭を下げたまま心境を語り始める。
「その華奢な体に、美しいご尊顔。とてもではございませんが、人斬りなんて似合わないのに、いざ戦地に立てば風のように舞い光のごとく駆ける。そんな姐さんの雅さに、俺ら全員が心を打たれました。そのお姿は花より蝶よりお美しい! 是非、姐さんの下で力にならせてくだせえ!」
「そ、そんなこと急に言われても……!」
最早何かの教祖のように、シャーミアを中心として男たちが首を垂れている。この状況を打開するべく、シャーミアはルアトとリリアの方へと助けを求める。
「くくくっ、リリアさん見てください。あのシャーミアが花や蝶ですって。なんとおもしろ……、愉快な光景でしょうか」
「ダメですわよルアト様! シャーミア様が困っておりますわ!」
あのルアトとかいうヤツは後で一発入れるとして、リリアには何か好きな甘味でも買ってあげたくなった。
「……まあ、これで一件落着。なのかねィ?」
穏やかな困惑に包まれる空気の中、アセビの戸惑った声がその場一体に馴染まず浮かぶのだった。
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