VSカルキノス第三憲兵隊②
――思い出されるのはウェゼンとの修行の時のことだった。
『敵を無力化する最適な方法は、命を奪うことだ』
『孫相手に何言ってるのよ』
村の空き地で、シャーミアが振るう短剣をいなしながら、ウェゼンは笑った。
陽射しが降り注ぐ、晴れやかな日だったことを覚えている。風は柔らかく吹き、小鳥が静かに囀る中、短剣とウェゼンの肉体が重なる度に甲高い音が響く。
『まあ聞け、シャーミア。いずれお前さんも何者かと戦う時が来るだろう。これはその時のための修行であり、心得でもある』
『まあ、あたしがお願いしたことだけどね』
『私はシャーミアには穏便に生きてほしいと思っているのだが……。しかし孫の頼みを断るわけにもいかんからな。さて、話を戻すか』
幾度の攻防を繰り返しただろう。ウェゼンの動きが見るからに変わった、と。そう思った時には彼の拳が頬を掠めていた。
『敵を無力化する方法は、命を奪う以外にもある。一つ目は視界を潰すこと』
『……っ』
すぐに距離を取るものの、気がつけばウェゼンの姿は消えていた。
『次は平衡感覚を奪うこと』
背後から声が鳴ったかと思えば、軽く後頭部を叩かれる。と、そう感じた時には既に彼の体は正面に回っていた。
『さらに武器を奪うことも有効だ。この場合は、魔術師には意味はないがな』
手首に衝撃が走り、思わず短剣を放してしまう。目まぐるしく変化する状況に、シャーミアの思考が混濁する。
そして最後に訪れたのは浮遊感だった。
『最後は機動力を失わせる。足の腱を斬るなどがいいな。――これが命を奪う以外での、無力化の方法だ』
気がつけば青い空を見上げている。白い雲が流れる中で、ウェゼンの微笑みが色濃く映る。差し伸べられた手を取り、シャーミアは背中に付いた砂を払う。
『おじいちゃん……』
『なんだ?』
『あたしも同じことやっていい?』
『ああ、良いぞ。できるものならな』
結局。
彼相手にその目的が達せられることはなかったが。
今もその教えは、シャーミアに流れている――
■
城にいる憲兵隊の数はやはり少なく、襲撃を想定していないかのように、疎らに配置されていた。おまけにシリウスの派手な陽動もあってか意識をそちらに向けている憲兵隊が多く、意識外からのシャーミアの攻撃は、思いのほかあっさりと決まる。
ある憲兵隊には後頭部への打撃を加え、また別の憲兵隊には足の腱を切断。目潰しと武器を奪うことはしなかったが、それだけでも十分だった。
こんなにも上手くいくものなのかと、拍子抜けするレベルだ。
もちろん普段ならばこれほど簡単に事は運ばないだろう。憲兵隊が少ないことに加え、予想外の襲撃。そして、それとは別に忍び寄る伏兵。
条件が整って初めて上手くいく行動だと言えた。
あとは――
「見つけたぞ!」
憲兵隊が四人、廊下の端で声を上げた。反対側を見れば同様に二人ほど待ち構えられている。
狭い廊下で囲まれた形となり、シャーミアは思案する。
切り抜ける方法はある。しかし追い掛けっこがしたいわけでも、斬り合うことが目的でもない。
ふと、天井に吊り下がっている照明に目を向ける。興味を引きつける役割として、使えるかもしれない。
そう思い至った彼女は、手に持った短剣をその照明を吊るす鎖に向けて投擲した。
照明が、床に叩きつけられる。轟音と共に、一時的に視界が薄暗くなる。
「――っ!?」
僅かな動揺。その一瞬の隙をついて、シャーミアは憲兵隊の一群に飛び込んでいく。
「来るぞ――っ」
数人の内、誰かが声を上げた。彼女の体は一目散に憲兵隊の方向へと――、跳躍しない。
「上!?」
壁を蹴り、彼らの上空から通り抜けようとした、ように見えただろう。
「逃がさん!」
しかし、彼女の足はさらに天井を蹴り、さらに壁を弾き、目にも止まらない速さで彼らの足元へと着地。その勢いのまま憲兵隊の足元、足の腱へと短剣を突き立てていき通り過ぎた。
「なっ――」
鮮血が零れ落ちると同時に、憲兵隊たちも床に転がる。
これでしばらくは動けないだろう。後は反対側の廊下にいる憲兵隊だけだ。それもほんの二人。
決して驕るわけではないが、今の自分ならばただの憲兵隊は相手にならないだろう、と。そう一息吐く間もなく、シャーミアはその身を跳躍させる。
「ひっ――」
憲兵隊の表情に恐怖が浮かぶ。多くの仲間をその身一つで無力化してきた正体不明の存在が真っ直ぐ向かってくるのだから、それも当然だと言えた。
何度も言うが、決して慢心していたわけでも油断があったわけでもない。
ただの憲兵隊ならば、シャーミアに現状追いつける人間はいないのだから。
「――っ!?」
呆然としている憲兵隊へと刃が落ちるその瞬間――
横合いからの衝撃にシャーミアの体が吹き飛んだ。
空中で体勢を立て直し、廊下の壁に着地。すぐにその視線を正面へと向ける。
「あれ、おかしいな。今の絶対斬ったと思ったんだけど」
「カラン隊長!」
そこにいたのは、憲兵隊の制服である灰色の服と紺色と黒を基調としたマントを纏う男。金色の短髪は、爽やかな顔つきによく似合っていると言えたが、何よりも彼の持つ大剣がその爽やかさを打ち消していた。
(《カゲヌイ》で防御してなかったらやられてたわね……)
斬られた辺りをさすりながら、その足を床につける。相手の出方を窺っていると、カランと呼ばれた男が他の憲兵隊に指示を飛ばす。
「二人ともよくやった。もう一人侵入者がいるんだろ? あとは俺に任せて、そっちの捜索を頼む」
「分かりました!」
憲兵隊の二人がその場を離れていく。カランがそれを見送ると、改めてシャーミアへと視線を投げ掛けてくる。
「仮面の侵入者。お前の狙いが何かはさっぱり分からないけど、大方時間稼ぎか何かだろう? 悪いけどこれ以上の無法はカルキノス第三憲兵隊隊長であるラキシィ=カランが止めさせてもらうよ」
「……」
先ほどまでこの城にいなかった手練れの襲撃は予想できたことだ。上手く誘導はできたようだが、後は目の前の男をどうやって足止めするか。これまで通りの方法では上手くいかないだろう。
シャーミアの思考が正解を求めて深く沈んでいく。
しかし答えは見つからない。いや、そんな余裕もなかったと言った方が正しいか。
「いや――」
「――っ!?」
突如、全身がひりつくのを感じる。その感覚を、シャーミアはイヤになるほど叩き込まれていた。
これは――
(魔術行使前の、魔力放出!!)
髪の毛が逆立ち、足元からの圧力を知覚したのと、シャーミアがその場を蹴ったのはほとんど同時だった。
薄紫の輝きが轟音と共に、彼女のいた場所から立ち昇る。
「――俺ら、カルキノス第三憲兵隊隊長と副隊長が相手になるよ」
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




