VSカルキノス第三憲兵隊
陽はすっかりと落ち切って、街中を明かりが埋め尽くしていた。祭りの活気はこれから勢いを増すばかりで、人々の熱意が全域に広がっているのを感じ取れる。
シリウスとシャーミアは、そんな街の中心部から外れた人気のない場所から、湖畔に浮かぶ城を眺めていた。
「――さて、始めるとしようか」
「……本当に大丈夫かしら」
どうしても不安は拭えない。いざやると決めたのだから、今更逃げ出したりはしないものの、やはり心に芽生えるその感情を、口に出さずにはいられなかった。
「不安か?」
「そりゃあ、不安じゃないわけないじゃない」
「大丈夫だ。お主は強い。それに、強くなれる。余がついておるのだからな」
シリウスは言いながら、自身が身に纏っていた外套をシャーミアの肩に掛けた。彼女の白い肩が露わになり、その外套がないだけで目の前の少女はより幼く見える。
「この外套には特別な魔力が編み込んであってな。多少の魔術や斬撃程度では傷一つ付かぬ」
「……いいの?」
「ああ。余の相手はアルタルフ一人だからな。何も問題はない」
シャーミアはその外套を首元で止めて、フードを被る。先ほどまでシリウスが着ていたからか、少しだけそれは暖かかった。
「では、言ってくる。雑兵の相手は頼んだぞ」
彼女はその言葉と共に宙に浮かび、次第に夜の闇に目立つその紅蓮の髪は遠ざかっていく。
その様子をしばらく見届けていたシャーミアだったが、やがて城から目を逸らし目的の場所へと向かい始める。
自分から踏み込んだ道だ。後悔はない。引き返そうとも思わない。ただ前だけを目指し、歩み続けるだけ。
恐れるな、息を止めるな、手を動かせ、頭を休めるな。
迷えば、待っているのは最悪の結末だ。
「――! 始まったわね」
俄かに、城の方角が騒がしくなった気がする。シャーミアは懐から仮面を取り出し、それを顔に付けた。
不思議と息苦しくも、視界の見えにくさもない。それにまるで身に着けていないかのように軽い。これならばいつも通りの動きもできるだろう。
「おい、城の方で爆発音しなかったか?」
「気のせいじゃねえ?」
城と街とを繋ぐ橋へと辿り着いた彼女は、両端に立つ憲兵隊の会話を耳にする。
見える警備は二人だけ。確かにシリウスが言っていた通り、いつもよりも橋を守る兵の数は少ないように思えた。
無理やり突破する方法もあったが、やはり当初の予定通り計画を行うことにする。
「ねえ――」
「え、何か用かい?」
シャーミアが憲兵隊の一人に話しかけた。フードを被り、仮面を付けた見るからに怪しいその見た目の人物に、憲兵隊の男は警戒心を隠しもせず受け答える。
「今晩、勇者様に呼ばれてるんだけど」
「あ、ああ。今晩のアルタルフ様の相手ね。ちょっと待っててくれ。名簿にサインして貰わないと入城できないから」
そう言って男が背中を見せた瞬間、シャーミアは短剣の柄でその後頭部を殴打する。
勢いよく地面に倒れ伏した男が気絶していることを確認し、振り返る。
「な……!? あんた何やってんだ――」
もう一人の憲兵隊が最後まで言葉を放つことはなかった。
シャーミアは外套を翻し、背後に回って先ほどと同様に柄で男の後頭部を打つ。
「ぐっ――」
呻き声と共に倒れた憲兵隊が、再び起き上がってこないことを一瞥すると、シャーミアは城へと走り始める。
「ここまでは上手くいったわね」
早鐘を打つ心臓を諫めるために、自身にそう言い聞かせるものの効果は薄い。
他の憲兵隊とすれ違うこともなく、やがて城へと辿り着いた彼女は城前で騒いでいる憲兵隊たちを見つけ、咄嗟にすぐそばの茂みへと身を隠した。
「侵入者だって!? 一体どこにいるんだ!」
「それが見失ってしまいまして……」
「俺も他の奴らと一緒に探して回る! お前は街にいるカラン隊長とハイロン副隊長を呼びに行ってこい!」
「は、はいっ」
街へと向かう憲兵隊を一人見過ごすと、一人になった恰幅のいい男の後頭部を狙い、先ほどのように叩く。
「が――っ!?」
しかし彼の体が倒れることはなく、ふらついただけ。無力化には成功しない。
(ちょっと浅かったわね)
男が振り返り、視線が交錯する。その瞳には攻撃を受けたことによる怒りと、襲撃者を見つけたことによる興奮が入り混じっていて、血走っていた。
「見つけたぞぉ! 侵入者め!」
携えた剣を構え、斬り掛かってくる。
ここで安直に、彼の誘いに乗って遊ぶ時間はない。無力化をする方法は一つではない。シャーミアはすぐに狙いを切り替えて、振り下ろされる剣を躱す。
要は動けなくすればいいのだ。あるいは武器を持てなくするか。どちらかを達成できれば無力化に成功したと言えるだろう。
彼女は一瞬で背後を取ると、その短剣を振るった。
狙いは足首。足の腱をなぞるように薙ぐと、鮮血が地面に飛び散る。
「ぐっ――」
痛みによりバランスを崩した男はそのままの勢いで前方へと倒れこむ。
シャーミアはそれを見届ける時間も惜しいとばかりに背を向けて、城内へと入り込んでいった。
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