東都アウラム、ヒゼンの町⑤
町に現れたのはギョウヨウの配下の一人……
町の入口に着いた男は、比較的小柄に見えた。着ている衣服は軽装でありながら立派なモノだったが、足元はと言えば履物がボロボロだった。
そして何よりも、その男は一人ではなかった。荷車を牽いてこの町まで来たらしく、その荷車に人が幾人も乗っている。
「よおし!! 着いたぞ、てめえら!」
その男が意気揚々と叫ぶと、荷車に乗っていた男たちが降りてきて、町を徘徊し始めた。
「……ねえ、アイツって偉いヤツなの?」
「俺が知ってる頃のカリョウは、大したことはなかったんだがねェ……。どうやら、ギョウヨウが出世して、アイツも相当地位が上がったらしいや」
「ふうん……」
シャーミアが然程興味もなさそうにそう返し、改めてカリョウと呼ばれた男を見やる。
鉄の鎧を鳴らし、悪い目つきを振り撒いて町を歩いている。一軒一軒、手元にある台帳と交互に見比べながら闊歩を続ける彼らの会話が、耳に流れてきた。
「いやあ、ギョウヨウ様の横暴にも困ったもので。カリョウ様の足がなければ、俺たち打ち首でした」
「おうおう、もっと褒めてくれても良いんだぜ! 他のヤツが運ぶよりも、俺が運んだ方がずっと早えんだからよ! 今ならあの噂に聞く『鬼槍』よりも早えんじゃねえか?」
「違いないですぜ。……っと、こことか、そうですね」
静まり返った町を我が物顔で歩く彼らが足を止めたそこは、何の変哲もない家。平屋で、特にこれといった特徴もないその家を眺めていたカリョウはやがて、閉ざされた玄関口を蹴り破った。
「なっ――」
思わず、声が出た。家屋の中から悲鳴が上がり、物音が絶叫のように町に響く。
「おい、捕まえて来い」
「はい!」
呆気に取られている間にも、男たちが家の中へと入っていく。中から痛ましい叫び声と、耳を塞ぎたくなるような鳴き声とが混ざって轟き、シャーミアたちのいる場所にまで届いていた。
「なに、やってるのよ……?」
「これがギョウヨウのやり口か……、ひでェもんだ」
声が、次第に明瞭に聞こえ始めた頃、破壊された玄関から男たちが出てきた。
泣き喚く女性の、その髪を引きずりながら。
「なんでです!? 今年の分の税はもう収めたでしょう!?」
涙を流しながら声を枯らす若い男が、腕を組むカリョウを責める。それを彼は、肩を竦めて鼻で笑った。
「全然、これっぽっちも足りねえんだよ。だから、てめえの女を売って稼ぎに充てるんだよ」
「横暴だ、こんなの――」
「ああ? なんだ? ギョウヨウ様に逆らうってのか?」
「……っ!!」
泣き縋る若い男は、絶望したように、目を見開く。最早抵抗の意志すら折られた若い男を、抑えている男たちが、それを見て意地悪く笑っている。
「いいか!? この町はハタン=ギョウヨウ様によって治められてる! ギョウヨウ様のおかげで、成り立ってんだ! 口ごたえすんじゃねえよ! いいじゃねえか! 女を殺すって言ってんじゃねえんだからよ! 命を奪わねえだけ、マシだと思いな!」
高らかに笑うカリョウに、男たちもまた下卑た笑いを巻き起こす。
この町は、異常だ。一人の人間によって、人の扱いが決められている。それを咎める者も、諫める者もいない。
全員が諦めている。彼の言う通りにしなければ、どうなるかわかっているのだ。
「ねえ、ルアト」
「残念ですが奇遇ですね。同じことを思っています」
隣にいるルアトに言葉だけで確認を取ると、彼からも同じような声が返ってきた。それを聞いていたヌイもまた、明確に怒りを露わにしながら声を上げる。
「良い心意気だ。お主たち、思う存分暴れてよいぞ!」
その許可を受け取った二人は、待ってましたと言わんばかりに駆け出した。標的は当然、ただ一つ。
「さて、次の家に――」
カリョウがそう告げようとした瞬間、シャーミアがその身を躍らせる。
「……本当は、感情的になっちゃダメなんだけど――」
「――っ!?」
驚嘆よりも早く、シャーミアの短剣が男たちに突き刺さる。致命を負わせる一撃ではなく、相手の力を奪う一手として、的確に無力化を施す。
「ぐっ!?」
「見えない……」
音を立てて倒れていく男たちに、カリョウは焦った様子で声を荒げた。
「な――っ!? おい、おいおいおい! どこの誰か知らねえが、こんなこと許されるわけねえ! こっちにゃ人質がいるんだぞ!?」
「人質? 誰のことでしょう」
「は……?」
カリョウがその声に振り向いた先、そこにルアトが佇んでいた。彼はいつのまにか若い男と連れ去られそうになっていた女性を助け出して、二人を抱えて立っている。
「な、何が……、こんなことして、ギョウヨウ様が許すとでも思ってんのかよ!?」
「ギョウヨウ、ギョウヨウうるさいわね」
「――っ!!」
火花が散った。同時に、甲高い金属音が打ち鳴らされる。
シャーミアが振るった短剣による一撃を、カリョウが自身の得物を抜いて、受け止めていた。
隙を突いたはずの攻撃だったが、間一髪で防がれたことに柳眉を上げ、苦い顔をするカリョウを見上げる。
「……っ、てめえら、よそ者だな!? 名を名乗れ!」
苛立ちと当惑が混じる瞳を湛え、カリョウが乱暴に腕を振った。力任せの抵抗に、跳躍して距離を取ったシャーミアは、着地と同時に嘆息を漏らす。
「悪いけど――」
吐く息に、呆れと鬱積を募らせて、短剣を構え直す。鋭い視線を狼狽えるカリョウへぶつけた。
「アンタみたいな小悪党に、あたしの大事なモノは名乗れないの」
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