ハタン=ギョウヨウ
そこはヒゼンの町の外れにあるとある城……
「もっと酒を持ってこい! 俺を誰だと思ってんだ!」
「はっ! 天下の大地主、ハタン=ギョウヨウ様で有らせられます!」
「そうだな!? なんで酒がねえんだ!?」
空の酒瓶が音を立てて畳の室内を転がった。
城内に全てに響くような怒号を受けて、膝を折る配下たちが怯えながらも進言する。
「そ、それがですね。町民たちからの徴税が芳しくなく……」
「言い訳は聞きたくないな! 何が何でも、町民たちから搾り取れ! 俺のおかげで、あいつらはこの地に住めてるんだからな!」
「は、はい! 直ちに!」
蜘蛛の子を散らしたように、配下たちが部屋を出て行った。残されたのは憮然とした態度で座るハタン=ギョウヨウと、その臣下が二人。
そして――
「あんなこと言って、可哀想だわよ」
「ああん? 良いんだよ、俺がこの地で一番偉くて強くて権力を持ってんだからな。何をしたって許される」
ギョウヨウは、その大柄な体を起こすとお札のついた檻に入れられたそれを睨んだ。その中には鳥の頭に人間の長髪を付けたような、胴体を魚とする妖が鎮座している。
「本当に偉い人は、目下に威張ったりしないものだわさ」
「知ったこっちゃねえなあ! 大体、なんでてめえは好き勝手喋ってんだよ? いつ、誰が喋ることを許可した? 黙ってろ妖風情が!!」
怒りのままにギョウヨウは檻を蹴り飛ばす。加減すらされていない力で蹴られたはずだが、その檻には傷や凹みすらついておらず、ただ中にいたその妖が目を回すだけだった。
「ギョウヨウ様。こちらの妖は京にいる裂鑿へ送り届けるモノです。あまり手荒に扱われては、どんないちゃもんをつけられるかわかったものではありません」
それを黙って見届けていた細身の男がそう言うと、ギョウヨウは今度は発言した彼に向けてその眼光を飛ばす。
「てめえまで俺に口答えするってのか!? ああ!? 随分偉くなったもんだなあ!?」
「滅相もございません。私の身は、常にギョウヨウ様のため。ですので、どうか怒りをぶつけられるのであれば、私に。ぜひ、是非!」
見るものを竦み上がらせるほど、強い眼力に見つめられても、その細身の男は怯まない。寧ろその頬を紅潮させているようにすら見えて、その場の空気が何とも言えないものになる。
「ちっ、殴られたがりを殴るのは趣味じゃねえんだよ! はあ、まったく……、萎えちまったじゃねえか」
疲れたように元の場所に座り直すギョウヨウに、細身の男は残念そうに眉尻を下げた。
それを見ていたもう一人の臣下が、気を遣ったのか敢えてそれまでとは別の話題を口にする。
「しかし、ギョウヨウ様。いよいよキュウコクの主になりましたね。これからどうするおつもりで?」
「んなの決まってんだろ! 目指すはアウラム統一。この都の主になることだ!」
「それはご立派な。キュウコクもモノにしたギョウヨウ様ならば十分に可能でしょう。ですが道中はともかく、東都にはあのミボシがいます」
その言葉に、またもギョウヨウは興奮し、立ち上がった。
「なんだ? ビビってんのか? 勇者だかなんだか知らねえがよ、俺様はあんな女、微塵も怖くねえなあ! 寧ろ、俺の正室にしてやってもいいぐれえだ。顔も体も器量も身分も、どれを取っても申し分ねえ。それに、嬲り甲斐がありそうじゃねえか。ありゃあ、イイ声で鳴くぜ? 間違いなくイイ女だ」
「……最っ低だわさ」
下卑た声を漏らすギョウヨウに、囚われた妖が侮蔑の視線を向けながらそう吐き捨てた。
当然、ギョウヨウがそれを看過するはずもなく、こめかみに青筋を浮かべながら唾を撒き散らす。
「だからっ、誰がっ、喋っていいっつった!?」
檻が軋む音が室内に響く。怒りによる暴力と、理不尽なまでの凶行が妖の身に降り注ぐ。
それを止めるモノは、その場には誰もいない。
「はあ……はあ、いいか? てめえはただの道具だ。俺がさらに力をつけるための礎になれるんだから、感謝してほしいぐらいだぜ」
言いながら、ギョウヨウは懐からそれを取り出した。小瓶に入っているそれは、何かの目玉のようで、禍々しく蠢いている。
「裂鑿の野郎がくれやがったこれさえありゃあ、天下統一も夢じゃねえんだ! 実際、これのおかげで、この地を治めてたハツカ家も敵じゃなかった! 神は、俺にこの地を統べろと言ってんだよ!」
乱暴に檻を掴むと、ギョウヨウが中でぐったりとしている妖に顔を寄せる。ギョウヨウに比べれば小さく感じるが、人間の少女ほどのサイズであるその妖は、弱々しく彼へ睨みを返していた。
「睨んだって助けは来ねえよ! 俺が狩った妖は全部京に送った。あと数体、弱っちいのが残ってたみてえだが、アマビエ、てめえさえ送っちまえば、あの裂鑿の野郎からまたこの丸薬を貰えるんだ。それまで精々、震えて過ごすこったな!」
そうして、檻を勢いよく投げる。妖の体から血が流れるが、彼がそれを気にするはずもなく、興味を失ったかのように背を向ける。
「そうだ。俺はこんなところで終わらねえんだ。俺の覇道は、こっから始まるんだからよお!」
品のない笑いが、城を包む。
誰一人として、それに異を唱える者はいない。抵抗もできない。声も上げられない。
その暴君に抗える者など、キュウコクにはいなかった。
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