魔王の娘が目指すその場所に③
そこは国の中枢機関とも言える場所であり、カルキノス国の政治は主にそこで決められる。
当然、勇者であるアルタルフも賓客としてそこに住んでいる。恐らく、警備はこの国で最も固い場所だろう。それに、手練れも多くいるはずだ。
それら全ての相手を一人でしなければならないと、シリウスはそう言っていた。
「どうかしたか?」
「どうかしたか、じゃなくて! そんなのできるわけないでしょ!?」
「何故だ。余は、できると思っておることしか言わぬぞ?」
ただひたすら真っ直ぐに、彼女はそう言い切った。
嘘や冗談ではないのだろう。
この少女は、本当にシャーミアならばできると思っている。信じていると言い換えても変わりはない。
どこにそう言い切れる要素を感じ取ったのか、その疑問をそのままシリウスへとぶつける。
「……あたしは、アンタみたいにまだ動けない。この国の強い人たちとも、まだ対等に戦えるとは到底思えない。それでも、アンタはあたしができるって思うわけ?」
「ああ、余を信じてもらってよいぞ。それに、お主をそこまで育てた師を思えば、当然の結論だろう」
「……分かったわよ。やれるだけ、やってやるわ」
「そう言ってくれると思っておった。――では、お主にこれをやろう」
空いていたはずの左手をシリウスが振ると、そこから何かがシャーミア目掛けて投擲された。咄嗟に、それを掴み驚く。
「これって――」
刀身が二又で別れている黒い短剣。昨夜、シリウスが使用していた魔道具だ。
「《カゲヌイ》の使用方法は余が昨晩実践で教えた通りだ。使いどころはお主に任せる」
黒く禍々しく光るその短剣をそっと腕に寄せると、そのまま体の中に沈んでいく。意識すればイメージした部位から取り出すこともできる。
使い慣れていない武器だが、好きな部位から自在に出し入れできる能力に加えて、相手の影に突き刺せば動きを止められる性能は破格だと言えた。
体の中にそれを納めると、シリウスは納得したように頷く。
「それがあればお主が遅れを取ることもあるまい。――さて、お主にお守りも持たせたところで作戦内容を詰めていこうか」
そう言うと、彼女はどこからか一枚の紙を取り出した。見ればそれはこの街の地図のようだった。
「どうしたのよ、これ」
「お主と別れた後、店で買った。地形戦は戦いの基本だからな。だが、まあ中心となるのは城の周りだけだろうがな。今回、街まで影響は及ばぬように戦うつもりだ」
シリウスの白い指が城の周りをなぞった。サグザマナスという街は南に聳える門から大通りが幾つも広がり、いずれも最終的にその大通りの行く先は湖畔に通じる。
北部にあるその湖畔に建造されたサグザマナス城へと通じる道は、ただ一つ。
石造りの巨大な橋を渡るしか方法はない。
確かに、城で戦闘が起きるのならば街への影響はほとんどないだろう。
「でも、どうやって侵入するのよ。城に入るための橋にも、相当な警備が敷かれてるわよ」
「余の飛行魔術で忍び込む。夜ならば、見つかる心配もないだろう。だが、飛行魔術は他者には使用できぬからな。余がまずひと騒ぎ起こしたところを、お主が橋から堂々と入って来い」
「そんなに上手くいくの?」
「問題ない。そもそも、憲兵隊の数が少ないらしいからな」
「数が少ないって、どこの情報よ」
「酒場でカラン隊長という者が言っておったのを聞いた。いま、他の憲兵隊は魔獣討伐部隊に駆り出されておるらしい」
「アンタ……、その見た目で酒場に行ってたのね……」
怖いもの知らずというか、常識外れというか。彼女には少女であるという自覚がないらしい。シャーミアが盛大に溜息を吐いて、胡乱な瞳を少女に向ける。
「というか、その魔獣討伐部隊っていうのは本当の話なの?」
「ああ、先日実際に余も会ってきたからな。それは間違いない。だが残念ながら、この国から派兵された憲兵隊はそろそろ戻ってくるらしい」
「実際に会ってきた……?」
最早彼女の話にすら理解が及ばなくなってくる。しれっと嘘を吐かれていてもきっと信じてしまうだろう。
彼女に限っては、そんな冗談は言わないだろうが。
「故に決行は明日の陽が沈んだ頃。邪魔者が少ない今がチャンスだろう」
「流れは分かったけど、あたしは忍び込んで何をすればいいわけ? ひと騒ぎって、アンタが好き放題暴れたらあたしのやること残ってない気がするんだけど」
「余の目的はあくまでも人払いだ。ある程度騒ぎを起こした後、そこで余は一旦姿を眩ます。それに、憲兵隊と戦ってしまうとその隙に勇者に逃げられる可能性があるからな。お主の役割は、余の攪乱に乗じて、少しでも多く憲兵隊を減らすことだ。命を奪うかどうかは、お主に任せるが……。余は勧めないな」
「人の命を奪わずに、無力化ね……」
「難しいか?」
その確認は、きっと分岐点だった。難しいと言えばシリウスはそれを汲み取ってくれるだろうし、勇者殺しから遠ざけてくれるだろう。
しかし、それをシャーミアは望まない。
例え実際に難しかったとしても、乗り越えなければならない。
これは、彼女に刃を突き立てるための、その一歩なのだから。
「余裕よ。アンタは勇者との戦いに専念しなさい」
「そうか。それを聞いて安心した。ならばもう一つ縛りを設けても問題なさそうだな」
「縛り?」
シリウスは懐から仮面を二つ取り出す。それは勇者のパレードを見る前に出店で購入していたものだった。
その内の一つをシャーミアへと放り投げる。
「それを着けて、仮面を壊されぬよう立ち回れ。これも修行の一環だ」
「……破ったらどうなるの?」
「そうだな。考えてもおらぬかったが、――こうしよう」
そう言うとシリウスの指先に黒い光が灯り、それがシャーミアの持つ仮面へと放たれる。
しかしそれだけ。目立った変化はなく、そこにあるのは焼いた土でできた変哲もない仮面だ。
「何したのよ」
「まじないのようなものだな。心配しなくてもよい。お主はお主の役目に注力しろ。シャーミアならば、できるからな」
彼女の言葉には、魔力が宿っていると思う。
ほとんどの喜怒哀楽を見せず、ただ音として反響する声にもかかわらず、シャーミアにとってそれら全てに感情を揺さぶられる。
だから、振り回されて少し疲れてしまったのかもしれない。あるいは、この先に待ち受ける大役への重圧か。どちらにせよ、少し気を抜くと、体全体に重しが圧し掛かったかのような錯覚を覚える。
「……今日はもう疲れたわ」
舐め掛けの果実飴をシリウスに渡す。顔を洗って、眠ろう。シャーミアがそのために外へ出ようとしたところで、彼女が呼び止めた。
「これ、食べてもよいか?」
「……好きにしなさいよ」
調子が狂う。どっと疲れたシャーミアは肩を落としながら洗面所へと向かった。
――覚悟の強さに関わらず、夜は平等に過ぎていく。
――やがて月はその空から降り始め、星々が静寂に眠る。
そうして、勇者殺しの時は訪れるのだった。
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