東都に生きる妖について
この町で起きていることとは……?
「改めて、オレ様はイッサ。人を騙すのが好きな妖だ。こっちの壁みたいなヤツがヌラで、布みたいなヤツがモンメ」
イッサから紹介されてヌラは緩慢に手を振って、モンメはフワフワと漂いながら頷いた。
「ふむ……、余たちの知る魔獣とは、また随分と違うな」
「ええと、この方々も妖、なんですの?」
戸惑った様子のリリアの声に、イッサは当たり前だと言わんばかりに胸を張る。
「そうだよ。もしかして妖見るの初めてなのか」
「ええ。東都には始めて来ましたのよ」
リリアが言いながらシリウスへと視線を流す。シリウスもそれに同調する形で小さく頷いて見せると、イッサが目を丸くして、それから嬉しそうに笑みを浮かべた。
「なんだよ。それなら妖がどういう存在なのか教えてやるよ。仕方ないからな」
「別に頼んだ覚えもないのだが……」
「まず第一、妖は人の畏れから発生する怪異なんだ」
人の話を聞かない。シリウスは溜息を吐くものの、特段急いで話すような会話もないので、黙ってイッサの説明を聞くことにした。
「怪異? ええと、幽霊とかのことを言ってらっしゃいますの? 私、その類の話、あまり好きではなくて……」
「ふふん、存分にオレ様たちのこと怖がってもいいんだからな」
「あ、イッサ様たちは別に怖くありませんわよ」
「なんでだよ! 怖がれよ!」
機嫌よく語っていたところに水を差された彼は、フンと鼻息を鳴らし、それでも諦めずに話を続ける。
「まったく、これだから人間は……。でもまあ、その幽霊と似たようなもんだな。オレ様たちは普通に生きてるわけじゃない。地面に足は着いてるし、モノを掴むこともできる。でも、そもそもオマエたち人間とは全く違う。オレ様たちは、人の感情を喰って生きるんだ」
「嬉しいとか楽しいとか、そういった感情ですの?」
「そんな希望に満ち溢れたモンじゃないよ。そりゃあ楽しいのはオレ様たちも好きだけど、人間たちから喰うのは、畏れだ」
ニヤリと笑うイッサ。脅かそうとしているのか、あるいは雰囲気を盛り上げようとしているのか知らないが、その表情は別に怖くなかった。
「畏れっていうのは人間から出る怖いとか、敬う想いのことさ。脅かしたり、怖がらせたり、時には話し合ったりして、湧き出てきたそれをオレ様たちは食べて、生きる力として蓄えるんだ」
「なるほど、故に余たちを攫い、あのような空間に閉じ込めたのだな」
「……そうだよ。オレ様たちには力がいる。そのために声を掛けたんだ。結局、畏れは引き出せなかったけどな」
不服そうに頬を膨らませてそう言う彼に、シリウスは肩を竦めて不平の視線を受け流す。
「しかし、人に危害、とまではいかぬとも驚かしたりすれば、構ってくれなくなるだろう。下手をすれば、危険に曝される可能性もある。そうなると、妖狩りとは、正当な行いにも見えるが」
「全然違うだろ! オレ様たちはただ脅かすだけじゃない! ちゃんと人間たちに見返りもくれてやってる! 普通よりもたくさん実りを与えたり、無くしたものを出てこさせたり、オレ様たちにモノは必要ないから、そういうのを怖がらせた代わりにあげてるんだよ。二度と妖狩りが普通だって言うなよ!?」
「ふむ、それは悪かった。配慮が足りぬ発言だった。……しかし、人間との共生か」
何かを貰う代わりに、何かを与える。わかりやすい共生の形だ。あるいは、この世界で生きるために当然のことか。魔獣たちも、そうあるべきなのかもしれない。ただ認めてほしいと声を大きく出すだけでは、共存の道は険しいだろう。
「それでは、妖狩りとは、いったい何なんですの?」
リリアが本題について触れる。不機嫌をわかりやすく露わにしているイッサは、しかめ面を崩さないままに、どこかを睨むように語る。
「妖狩りは、この最近の東都で急に起き始めたんだ。原因はわからない。妖を捕えて、京に連れてきた者に莫大な力を与える。そんな噂と一緒に、妖たちは確かに捕まえられ始めた」
「でも、妖の皆さま方は東都の人たちと仲良くしてらっしゃるんですのよね。なら、捕まえるなんて、野蛮なことはなさらないと思うのですけど」
「……人間にも、悪いヤツらはいるだろ? そういうヤツが、オレ様たち妖を狙ってる。ここで寝てる男たちもそうだし、こいつらを雇った、ハタン=ギョウヨウもその一人だ。ヤツはキュウコクの妖を全部捕えようとしてるんだ。……アマビエ様も、捕まった」
震える声が場を満たす。悔しさを隠すこともせず、苦しそうに歪めるその瞳からは、一筋の涙が零れた。それを慌てて袖で拭い、小さく鼻を鳴らす。
「ハタン=ギョウヨウは最近この一帯の領主になった男だ。性格は最悪。残忍無慈悲で、僅かな敵意さえ許さない。意見した者は反逆者として粛清するし、敵は一族郎党皆殺し。それでいて、夜は呑んで騒いで遊び三昧。取る税も前の領主よりも遥かに高くて、住民たちの生活を締め上げてる。――あの町の誰もが、ヤツを恨んでるんだ」
重々しい空気が春の陽気と合わさり流れる。イッサの言葉には怒りや悔恨、苦しみで溢れており、それがそのギョウヨウという男の素行の悪さを物語っていた。
嘘ではないのだろう。誇張もないはずだ。
彼らだけじゃない。ヒゼンの町の、あの様子を見ればそれが事実であることがわかる。
「でも、行動を起こせない。そうしたら最後、無関係な人間まで死ぬことになるかもしれないからな。……だから、オレ様たちがやらないといけないんだ」
彼の口は未だ震えている。覚悟は決まっているようだが、感情がそれに慣れていないのだろう。
「畏れを喰らう存在が、人間を怖がってどうする」
「は、はあ? 別に怖がってなんかないからな!? ……ただ、嫌なんだ。この町の人たちが傷つけられるのが」
「……そうか」
彼が吐き出したその気持ちを受け取って、シリウスは短くそう返した。
この問題は、ここに住む彼らの問題。ここに勇者は恐らく、関わっていないのだろう。だから、シリウスとしては首を突っ込む理由がない。わかった、と。そう言ってこの場を立ち去ることもできた。
「リリア。少し、皆の下に帰るのに時間を貰うが、良いか?」
一瞬、思考が止まったようにしていたが、すぐにその表情を柔らかいものに変えた。
そして、嬉しそうにリリアは声を上げる。
「もちろんですわ。私も、ついていきましてよ」
「うむ。よろしく頼む」
二人だけで話して、呆然としている妖たちに向き直った。目深に被った笠の、僅かに破れているその隙間から光る瞳を、見つめる。
「イッサ、それにヌラにモンメよ。余たちはこの町について来たばかりで詳しくない。先ほどの話もよくわからぬ。故に、誤ってこの町の領主に無礼を働いても、仕方のないことだな?」
「何を……、あ――」
と、そこでその場にいる妖たちはシリウスが何を言いたいのかわかった様子だった。そしてイッサは驚きと。
「……ああ、オレ様たちが案内するよ。言っとくけど、オレ様たちは案内するだけだからな」
それから下手くそな笑顔を浮かべた。
全てに手を差し伸べていては、本当に大切なモノを取りこぼしてしまうかもしれない。
だが、だからといってやらない理由にはならない。手の届く限り、全てを救おう。
父もそうしてきたように。
できる限り、後悔しないように。
胸中に浮かぶ大義を大切に抱きながら、シリウスは前を向く。
父の痕跡残るこの異邦の地で。
彼女は彼の足跡を同じように辿るのだった。
お読みいただきありがとうございました!
いざシリウスたちはこの町の領主の元へ――!!
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