父のこと、母のこと
あっという間に男二人を無力化したシリウスに、イッサは目を白黒させ唖然としていた。
「お……、オマエ、何者だ?」
そこに見えるのは怯えと恐怖。警戒心を隠そうともせず、イッサは襲われていた同胞たちを匿うように立っていた。
「……この方は――」
事態は一件落着したというのに、剣呑な空気は続いている。それを嫌ったのか、見ていられないといった風に口を開いたリリアへ、シリウスは首を横に振って静止させた。そして代わりに、自分が言葉を落とす。
「余は魔王の第十二子。名はレ=ゼラネジィ=バアクシリウスだ。討たれた魔王の仇を討つため、勇者を倒す旅をしておる」
「勇者を……? いや、それよりも今、魔王って言ったのか?」
「ああ、魔王を――、父を知っておるのか?」
恐怖に彩られていた瞳に、疑心が混じる。それは何もシリウスの善悪を疑っているわけではない。先ほどの発言について、つまりシリウスが魔王の知り合いであるというその言葉を信用していないようだった。
一方で、ここは勇者ミボシが住まう土地。魔王について知らないわけもないだろう。大した結果は期待せず、定型句のように疑問を唱える。
「いや、知ってるというか……。昔そんなこと言ってるヤツがいたってだけだ。オマエとは関係ない」
ぴしゃりと、そう締め括られてしまう。あまり良い思い出はないのかもしれない。これ以上父について言及するのは止めようと、そう思った矢先、彼の後ろにいた妖が反応を示した。
「で、でも、イッサ。あの人の眼、それに髪色も、全部、似てないか?」
「はあ? どこが似てるって言うんだよ?」
「温かい空気に、冷たい覚悟。それに、何より、優しいところ」
たどたどしく話す妖に、イッサが改めてシリウスへと視線を向ける。そこに顕れるのは先ほどまであった警戒ではなく、戸惑いのそれ。
同胞の発言もあって、迷っているのだろう。
シリウスを、信じてもいいのかどうか。
「……オマエの、親父の名前は――?」
その答えを以て、真偽を定かにする。イッサの言葉が鋭く満ちる。
不安そうなリリアの瞳が向けられるが、シリウスとしては特段秘匿する理由もない。自らの名を名乗るように、父の名前を口にする。
「余の父の名は、デュラアンテ」
「――っ、なるほどな。……やっぱ、そうか」
明らかに、纏う雰囲気が切り替わる。強く否定するような拒絶の空気は一転、惑いながらもどこか納得したかのように少しだけ穏やかなモノへと弛緩する。
それは、デュラアンテのことを恨んでいるようには到底映らず、寧ろ受け入れているかのような温かさすら感じた。
「……まさかアイツに娘がいるなんて思わなかったな。それも、多分あの人との子だ」
「――母のことも、知っておるのか?」
つい、そう聞いてしまった。シリウスに母の記憶はない。父からその人となりを聞いたが、少しでも知りたいと思ってしまうのは何もおかしくはないだろう。どうせ、またはぐらかされる、と。そう思いながらも、もし父や母のことを知っていれば聞いてみたい。そんな渇望が、シリウスの中に生まれ始めていた。
「ああ、知ってる」
「……そうか。お主の記憶にある父や、母の姿はどう映る?」
優しく、そして温い声音。表情での変化はないが、その言葉には多分に、愛しさが含まれていた。
それに応じる声もまた、同様に春の陽気のように、心地良いものだ。
「デュラアンテは、オレ様たちに居場所を与えてくれたんだ。魔獣全てに優しくって言ってたっけか。オレ様たち以外にも、色々な妖に会って、いろいろ手助けをしてくれてた。この国でデュラアンテのことを知らない妖は、多分いないと思う」
「……やはり、父らしいな」
在りし日の、父の姿を思い出す。シリウスに似た紅い髪を靡かせて、魔獣全てを大切に思う心は、いつだって変わらないらしい。
「シリウス様の、お父様はどんな方なんですの?」
「厳格でいつだって多忙。魔獣の規範となるように、王として正しくあり続けようと前を向く、偉大な存在だ。それに、家族想いでもあった」
「家族想い……」
少し、リリアの言葉に影が滲んだ気がした。ただ、彼女はいつものように微笑みを浮かべて、和やかに声を馴染ませる。
「素敵な方ですのね」
「そうだな。今思えば、父は全てを抱えすぎておった」
家族も、同胞も、そして人間ですらも。父の愛するべき存在となっていた。どれが秀でているわけでもない。全てが等しく、守りたいモノらしかった。
だから、死んでしまった。
だから、シリウスもまた、似たような意志を持った。
それは、必然なのかもしれなかった。
「オマエの母のことは、知らない。ただ、その時いつもデュラアンテと一緒にいる女がいてさ。カラスキ=レイって名前だったっけ?」
「そうだよ。カラスキは、オレたち妖に対して良い反応してくれるから好きだなあ」
「うんうん。わかる、オレ様も何度も騙せたからな」
妖たちの間に明るい話題の花が咲く。
一方で、シリウスは彼らの口から出た、その名前を何度も頭の中で復唱していた。
カラスキという名前は聞いたことがある。父から聞いた、母の名前だ。
「やはり、カラスキは余の母の名だ。最期に会ったのは、余が生まれたばかりの小さい頃だが、父からそう聞いておる」
「……そっか。ただ悪いけど、オレ様もオマエの母について詳しいわけじゃないんだよ。この辺に調査に来てた時に、助けてもらったってぐらいで、会ったのも二百年前のその一回だけ。でも、その一回が、ずっと楽しかったんだ」
そう言って、遥か過去に思いを馳せていた。
張り詰めていたイッサの顔つきが、安堵に色塗られて柔らかくなっている。余程、彼にとって大切な思い出であることが窺えた。
「この辺りにいる妖で、デュラアンテとカラスキを知らないヤツは多分いない。それに、悪い印象を持ってるヤツもな。二人とも、妖にも人間にも、優しくしてくれてた。オレ様たちが知ってるのなんて、そんくらいさ」
「……構わぬ。寧ろ話してくれたこと、礼を言う。後は、余がこの国で自力で探そう」
「そうだな、それがいい」
すっかり、イッサからの警戒は解かれていた。そこに溢れるは穏やかな雰囲気で、リリアもイッサたちも自然な笑みを描いている。
しかし、それも僅かな時間のみ。ふとリリアが地面に寝転がっている男たちを見て、尋ねた。
「それで、この方たちはどうしますの?」
「……そうだな。しばらくは起きぬだろうが、どこか縛っておくか?」
目が覚めて、また暴れられても困る。人目のある通り道かどこかに捨てて置けば、その内誰かが見つけてくれるだろう。早速何かで縛ろうとするシリウスだったが、それよりも前にイッサたちが声を上げた。
「待ってくれよ。こいつら、もしかしたら使えるかもしれないんだ」
「使えるって、何にですのよ」
「人質さ。それで取り返すんだ。アマビエ様を」
その瞳は、曇った空の遥か先を見据えている。他の妖も同様に、神妙な面持ちでイッサを眺めていた。
「その、アマビエ様という方は、今どこに……?」
「……この町の領主、ハタン=ギョウヨウってヤツの屋敷にいる。オレ様たちは、そいつからアマビエ様を取り返そうとしてるんだ」
力強く紡がれたイッサの言葉が、雨のようにその場に落ちる。
彼が湛えるその瞳は、澱んだように綺麗で、透き通ったように怒りの感情を交えて。
思いは曇天に誓って、捧げられた。
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