春眠は惑いの中で
駆け付けたのは二人の少女……!!
「だ、大丈夫か!? イッサ!?」
白い布が宙を舞いながら少年の元へと降り立つ。切れ目のような目と口があるだけのそれは、眉間に皺を寄せて悲哀に満ちた表情を浮かべていた。
「だ、大丈夫……、でもなんで、あいつらが――」
困惑したように見つめてくる彼に、シリウスは表情一つ変えることなく応じる。
「何やらただ事ではない様子だったのでな。少し、見学に来た」
「遅くなってしまいましたわね。今、治しましてよ」
彼らが何かを言う前に、リリアが杖を持ち、軽く振るう。地面に這いつくばるイッサの傷や、その奥に見える別の石板のような妖の傷も、みるみるうちに癒えていく。
「……これ、この力は――」
イッサが自分の状態に目を見開き、そしてもう一人、その場で警戒している様子の男も、驚嘆の声を上げた。
「こりゃあ陰陽術か!? そいつが眠ったのも、その力のせいだな!? なんでそんな腕の立つヤツがこんなところにいやがる!?」
「オンミョウジュツ? よく知りませんけど、よってたかってこんな小さい子を大の大人が虐めて、みっともないと思いませんこと!? 東都の人間は随分と、野蛮ですのね!」
吠えるように睨むリリアに、男は僅かに顔を訝しげに歪めて、そして得心が言ったという風に言葉を漏らした。
「なんだ? もしかしてあんたら外様の人間たちか? どうりで、見たことのねえ恰好してるはずだ」
「それがどうかしまして?」
「ああ。よそ者が、東都の事情に首を突っ込むもんじゃねえって忠告できるからな」
「事情? いったいどんな事情があれば、子どもを痛めつけていい理由になるのか、聞きたいものですわね」
リリアの怒りが傍にいるシリウスにまで伝わってくる。余程許せないのだろう。今までにない気迫に、シリウスはただ黙って二人のやり取りを見守ることにした。
「妖狩りを命令されたのさ。妖の力を欲してる連中がいるらしくてな。ギョウヨウ殿は、その連中のために、この辺りの妖を手当たり次第に攫ってるんだよ」
悪びれもなくそう口にする男に、今度はイッサが立ち上がり、怒りを発露させる。
「オマエたちの事情なんか知るかよ! アマビエ様を返せ!」
「知るか。この東都の国では力のねえヤツが虐げられるんだよ。恨むなら、お前の弱さを恨むこった」
余裕の表情を浮かべる男に、イッサは力の限り、忌々しくその様子を睨みつけていた。
なるほど、と。シリウスは簡単にだがこの状況を把握する。
「……余はこの都の事情に詳しくはない。どちらが悪でどちらが正義か、自らの判断を下すしかないだろう。だが、間違えた選択を取るつもりはなくてな」
一歩、前へと歩み出る。しっかりと、その視線の先に戦うべき相手を見据えて。
「――お主たちの作法通り、力で捻じ伏せよう」
魔力をほんの少し漂わせると、それだけで男が腰に下げた刀を抜いた。警戒したように、シリウスから目を離さず、先ほどまでの余裕の表情は完全に消え失せている。
敵は二人。一人はシリウスの魔術で眠らせた。もう一人はいま、こうして対峙している。
「おい。正気か? ガキ。俺たちに盾突くってことは、この土地の領主であるギョウヨウ殿にも喧嘩を売るってことになる」
「知らぬ名だな。故に関係がない。余にとって、お主はただの無垢な童を痛めつける悪人でしかない。それを咎めるのが、この場における最優先事項だろう」
「ちっ、ガキを斬るのは楽しくねえのによ!」
荒々しい言葉と共に、男が斬り掛かる。大ぶりなその攻撃をシリウスは容易く躱し、引きつけるようにそのまま後ろへと下がった。
「ちょろちょろと……!」
刀を力任せに振るう刀を、踊るように躱す。だが手数だけの斬撃は、徐々にシリウスを追い詰める。やがて、シリウスの背に木の幹が触れる。
「やっと捕まえたぞ」
下卑た笑みを湛えて、息を切らす男に対して、シリウスは涼しい顔でその瞳を見返し尋ねた。
「時に尋ねるが、お主は技を使わぬのか?」
「は? 技? 何のことだ?」
「刀霊解放――、と言ったか? 刀に纏う力があると聞いたが」
それを使える者と行動していることを伏せて、刀へと視線を落とす。仮にアセビのような能力を使えるのならば、厄介だ。シリウスにはほとんど効かないだろうが、周囲にいるリリアたちはその限りではないだろう。
そう警戒しての言葉だったが、男は面白くなさそうにぼやいた。
「刀霊は一部の刀、夜刀神様が創られた刀にしか宿ってねえんだよ。その力を解放させられるのも、ほんの一部さ」
「ふむ。お主は違うのか?」
「俺がそんなご立派な身分に見えるかよ!? ただのごろつきだっての。それに触れるのは余程の高い身分のヤツだけさ!」
「……そうだったか」
アセビがそれほど良い身分の人間には見えなかった分、男の言葉を呑み込むのにも時間が掛かる。あの酒呑みが? といった疑問が拭えなかったものの、いったん男の言葉を信用してみることにした。詳しい話は直接アセビに訊けばいい。
「ご苦労だった。もう、眠ってもよいぞ」
「何言ってやがる、お前はこれからギョウヨウ殿の手土産になるんだぜ?」
刀を構え直す男に見向きもせず、シリウスはただ魔力と共に言葉を並べる。
「|魔王の夢路誘う暗澹の翳り《レ=ドルミーレ=コルニクス》」
それだけで。
身構えていた男は突如気を失ったように、その体を地面に伏せるのだった。
お読みいただきありがとうございました!
力を振るう者には力で――
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