化かしの妖、イッサ②
イッサが向かう先には……?
空から眺める山の景色は一つも変わらず、瑞々しい新緑と薄桃色の桜木が華やかに化粧をしている。
「イッサ、この真下だ!」
「わかった!」
風を切って空を渡る中、確かに眼下から喧騒が耳に届く。イッサはすぐに乗っていた白い布から身を離すと、軽快な様子でその場所へと降り立った。
そして背を向けて立つ二人の男を見つけると、牙を剥き出しにして威嚇するように声を放つ。
「おい! ヌラを離せ!」
「あん?」
男が二人、振り返る。如何にも悪そうな人相。着物を崩しているが一丁前に高そうな羽織を羽織っていた。
「おいおい! 俺たちゃあ夜刀神様のご加護でも受けちまったのか!? 今日二体目の妖が自分から来てくれたぞ?」
興奮したように叫ぶ男のその声に、イッサはさらに眉尻を吊り上げて睨む。
男たちは腰に鞘をぶら下げている。纏う羽織に縫われた家紋を見るに、いつもこの辺りをうろついている連中に間違いなかった。
瞳を、男たちから奥へと向ける。
その視線の先には、平べったい壁に手足をつけたような妖が尻をついていた。ヌラは深手を負っているわけではなさそうだ。しかし、その体には幾つも薄傷のようなものが浮かんでいた。
「こりゃあ、ギョウヨウ殿から褒賞がたんまりだぜ」
目の前にいる存在を金にしか見ていない彼らに、さらに感情が爆発しそうになったが、激情に溺れないよう平静を装う。
冷静にならなければ、ヌラを救えない。この場にいるのは、自分だけだ。
視線を男二人に戻すと、息を深く吸い込む。そして、座った瞳と共に、言葉を吐き出した。
「――オマエたち、何者だ?」
「がははっ、俺たちゃあ――」
上機嫌な男がまんまと答えそうになったが、もう一人の男が肩に手を置き、それを咎める。
「まあ待ちなよ兄弟。この妖、知らねえか? 笠を被って、尻尾を振るガキ。出会い頭に質問を吹っ掛けてきやがる。俺はこいつを、聞いたことがあるのさ」
「……」
「こいつの名前はイッサっつう妖だ。問い掛けに答えると化かされるらしいぜ。こいつと同じように尻尾みてえなもんを振ってやると喜ぶらしいが、そりゃあ古い話だ。別に質問にゃ答えなけりゃあ化かされることもねえ」
対処法が知られている。苦い顔が表に出ていたのか、男たちは勝ちを確信したように、下卑た笑みを滲ませた。
「図星なんかよ! 妖狩りもつまんねえなおい。もっと楽しませてくれよ、な!!」
刹那。
懐に抉られるような痛みが走った。
それが、男の放った蹴りであることを知覚するのと、己の身が吹き飛んだのは同時。そよぐ木の葉のように軽々しく宙を舞ったイッサは、勢いよく木の幹に叩きつけられた。
「があ――っ!?」
体内の空気が全て、強制的に吐き出される。痛みと苦しみが混在して降り掛かり、意識と思考が混濁する。
「おらっ!」
「――っ!!」
続けて蹴りを横腹に見舞われ、今度は地面を転がった。全身に回る痛みが、毒のように駆け巡り激痛となる。
それでも、諦めるわけにはいかない。
イッサは鋭い視線を男にぶつける。絶対に屈しない。横たわり、地面に這いつくばって、どれだけ情けない状態であっても、抵抗の意志を見せ続ける。
「……オマエの、名前は――?」
「ああ?」
どろり、と。男の表情が曇る。それまで機嫌の良かった顔は、不機嫌のそれに移り変わり、青筋を立てていた。
「もう、通用するわけねえだろっ!」
「ぐあっ!?」
その足が、頭部に乗せられた。強く、しかし草を踏むような自然な力で踏みつけられる。
自分の弱さが、憎い。
この男が、憎い。
もっと己が強ければこうはならなかった。
もっと世界が優しければ、こんな思いをせずに済んだ。
どうして、何故。そんなどうしようもない感情がぐるぐると回り、自然と瞳から涙が溢れ、零れる。
「がははっ、悲しいか! 悔しいか! そうだろうよ! 妖に生まれたこと、この弱肉強食の時代に産まれたことを後悔しろ!」
不快な笑いが耳を汚す。もう何も聞きたくない。
暴力的な敗北感に打ちのめされて、止まる思考はただ。
自らの死を受け入れることしかできなかった。
「抵抗の意志もねえか。そんじゃあ、逃げられても面倒だからな。足の骨でも折っておくか」
頭から、今度は太ももにその足が乗せられた。これから到来するであろう痛みと絶望に、瞼を強く閉ざす。
現実から、目を逸らすように。
「……なんだ? お前――」
が、訪れたのは、痛みでも絶望でもない。急に、太ももに掛かっていた体重が消えたかと思えば、重い何かが地面に落ちる音が聞こえてきた。
「問答無用で眠らせたが良かったか?」
「大丈夫ですのよ! 私が全部許しますわ!」
その声に、瞳を開き、涙と泥でぐしゃぐしゃの顔を見上げる。
そこに立っていたのは、先ほどの紅蓮の髪を靡かせる少女と淡い空色の髪を揺らす怒った様子の少女だった。
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ピンチに駆け付けたシリウスとリリア――!!
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