化かしの妖、イッサ
無限の回廊をぶち破れ――!!
黒い球体が、触れる全てを破壊する。
壁は木片に、空間にはヒビが入り、轟音と破砕音が入り乱れて土砂となって降り注ぐ。無限を創る壁面も、どこまでも続く天井も、破れて崩れて穴を穿つ。
「……ふむ、外に出られたな」
まるで、卵の殻を破った雛のような、空間が割れたその先には曇り空と天に向かって伸びる木々が見えていた。
どこか満足そうに、しかし軽々しく呟くシリウスにリリアの心臓はまだ大きく胸を打っている。
「シリウス様!? 今のは何だったんですの!?」
「空間を支配する系統の魔術の弱点は破壊そのもの。空間を歪ませ、全てを呑み込む闇魔術はそれに適しておる。故に純粋な破壊の球体をぶつけたのだ」
「別にそういうことが聞きたかったのではありませんのよ」
「そうか。まあ、ともあれ――」
シリウスとリリアが立っている廊下に亀裂が入る。周囲がガラスで囲まれているかのように、先の見えない廊下全てにヒビが走り、やがて――
「――いたずらっ子の顔を拝めるな」
無限の回廊は、薄氷を踏みつけたかのように、脆く、砕け散った。
煌めく残滓となって消えていく空間の代わりに現れたのは、草木や荒れた地面。町にいたはずだったが、そこにあるのは自然のみで、建造物は見られない。あるいは、山の中かどこかなのかもしれなかった。
「な、何なんだよオマエたちは――!?」
そして、その自然溢れる中、可哀想なほどに震えて、上ずった声で腰を抜かす少年が一人。
彼は被っていたであろうボロボロの笠をずらし、尻尾の毛も逆立たせている。それを見るに、やはりただの少年ではない。そうは思うが、それはそれとしてリリアにはどうしても言いたいことがあった。
「ちょっと待ってくださいまし。私は何もしてませんわよね?」
空間を破壊したシリウスだけが怖がられるのならともかく、傍にいた自分まで恐れを抱かれるのは心外だ。そう抗議しながら一歩歩み寄るものの、少年は完全に怖気づいた様子でさらに距離を取った。
「言っとくけど、そっちの女もヤバいからな!? なんで呼んでもないのに一緒についてきてるんだよ!?」
「いや知りませんわよ!?」
勝手に連れてこられて、かと思えばそのことを責められるとは思わなかった。思わず声を荒げてしまったが、それを制するようにシリウスが口を開いた。
「案ずるな。余たちはお主に危害を加えるつもりはない。ただ少し話を聞かせて貰えればそれでよい」
「いや! そんなの信じられるかよ!? 滅茶苦茶しやがって! オマエに話すことなんかない!」
「……まあ、余としてはお主がどちらを選択してもよいのだがな」
言いながら、先ほどと同じように魔力を自らの周りに纏い始める。禍々しく、重い空気だ。正直、傍にいるリリアも、それに充てられるだけで呼吸がし辛くなってしまう。
だから当然。
それを直接ぶつけられているであろう少年は、耐えられるはずもない。
「わ、わかった! オレ様の負けだ! だから殺さないでくれえ!」
そんな情けない声が、静かな山にこだました。
◆
「ふむ、お主は妖という存在で、名をイッサというのか。特定の条件を満たすと異空間に連れて行くのが、固有の能力なのだな」
「そうだよ! 言っとくけどもう話すことないぞ!?」
めそめそと、泣きべそをかくイッサと名乗った少年、もとい妖にリリアもさすがに同情する。子ども相手に大人げない、と思わなくもないが、見た目が少女であるシリウスとイッサのやり取りは年相応に見えた。
「質問ばかりだと退屈だろう。一つ自己紹介をしようか。――余はシリウスという。外の国から来た者だ。傍らにおる少女はリリア。余たちはこの国に辿り着いたばかりでな。悪いがもう少し話を聞かせてくれぬか?」
「嫌だって言っても聞かないだろ」
「そんなことはない。余は童には寛容だからな」
「いや、どこがだよ……。まあ、オレ様に答えられることなら答えるさ。それ聞いたらどっか行ってくれよ?」
「無論だ。まずは今、余たちがいるこの場所はどこだ?」
「ここはヒゼンの町の近くにある山、多良乃山だよ。標高は低いけど、広大な山さ」
「何故、余たちをここに連れてきたのだ?」
「別に連れてきたかったわけじゃないよ。元々この場所にあの無限に続く空間を創ってただけなんだから。まさか、空間ごと破壊されるとは思わなかったけどな!」
睨むように叫ぶイッサをシリウスは無表情で受け止める。それが気まずかったのか、彼はそっと目を逸らした。
「……どうして、こんなことをしたんですの?」
「は? 妖がいたずらするのは当然だろ」
「その、どうしていたずらをするのかが気になったのでしてよ」
「そりゃあ、妖の力の源は恐怖や驚きの感情だからな! 怖れを引き出すことで、オレ様たち妖はより一層強くなれるんだ!」
自信に満ちた様子で、イッサは胸を張る。
なるほど。それなら彼の行動も納得がいく。彼らにとっていたずらは食事と同義なのだ。それを理解したうえで、生じるのはもう一つの疑問。
「どうして、強くなる必要があるんですの?」
紡がれたその問いに、イッサの表情が固まった。少しの間、動かなかった彼の瞳は、やがて地面へと視線を落とし、顔を俯かせた。
「それは――」
何かを、語ろうとしたその時。
空から別の声がそれを遮った。
「イッサ! 大変だ! ヌラのやつが捕まった!」
「――っ!? すぐ行く!」
その声の主は、一枚の白い布。フワフワと、宙を漂うそれの上に、言うが早いかイッサが飛び乗ると、そのまま空を泳いで飛んで行ってしまった。
「……ええと、シリウス様。どうしましょう?」
目まぐるしい展開に思考がついていけず、同じように空を眺める少女にそう尋ねる。
彼女は少し思案した様子だったが、表情を崩さないまま、小さく頷いて見せた。
「余たちもついていくとしよう。どうやら火急の件のようだ。もしかすると、この町で起きておることもわかるかもしれぬ」
「――そうですわね」
リリアもそれに同調すると、歩き始めたシリウスの後を追い掛けるのだった。
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目まぐるしい状況にシリウスたちは――?
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