無限の回廊
無限に続く空間に閉じ込められたシリウスたちは――?
「やっぱり、同じところを歩かされていたんですのね」
周囲にぐるりと視線をなぞり、変わらない景色を見渡すと、シリウスもその言葉を後押すように強く頷く。
「そうだ。余たちを閉じ込めるのに莫大な空間や、広大な土地は必要ない。ここは小さな円環そのもの。滑車を回すネズミのように、無駄なことを続けさせて疲弊させるのが目的だろう」
「それじゃあ、ここから出られないということですの?」
ここに連れてきた意図は図れないが、何が目的であったとしても方法としては回りくどい気がする。自分たちを閉じ込めるということが目標であるのなら、それはもう達せられているし、最悪ここで一生を過ごすことになってもおかしくはない。
疑問の声に不安を滲ませ、尋ねるリリアに応じたのはシリウスではない、違う誰かの声だった。
「そうだよ。オマエたちは、一生ここから出られないのさ!」
威勢の良い、既に勝ち誇ったかのような声音は、先ほどの少年のものだ。妖しい雰囲気を纏いながらしかし、同時に力強いもの言いに、リリアは辺りを見回す。先ほど町で話し掛けてきた笠を被った少年はいない。それどころか、人らしい人は自分とシリウスのみ。この場で少年の声が響くはずがなかった。
「ふむ。一生か。それは困った」
「そうだろ、そうだろ! どうだ、オレ様のことが怖くなってきただろ!?」
「怖いかどうかはさておき、余たちは先を急いでおるのでな。お主の遊びに付き合っておる暇はない」
「遊びだと~?? これは遊びじゃないぞ!」
どこからともなく宙を埋める少年の声は、その言葉に怒りの感情を付与し、機嫌をさらに悪化させる。
「ふん! どうせ負け惜しみだろ? 出られないからって、そこの紅い髪のガキは調子に乗ってるんだ。涼しい顔したって、オレ様には全部お見通しだからな!」
こちらの特徴がわかっている。ということはどこかに本体がいて、今も観察しているのかもしれない。そうは思うものの、戦闘経験も乏しいリリアにとって、どこにその術者がいるのか想像もつかなかった。
正体不明のモノを相手にしている不安。
無事にここから出られるのかという懸念。
それらの言葉にならない弱さを、気取られまいと口を引き締める。しかし少年には伝わってしまったのか、どこか興奮した状態で、鼻息荒く声を上げた。
「ほら、ほらな!? 空色の髪のねえちゃんはちゃんと怖がってる! いいぞもっと怖がれ! そんでオレ様のことを畏れるがいい!」
「あの、ここから出してくださいませんこと? 遊びなら、私たちがここから出た後でも好きなだけ付き合って差し上げますから」
相手が子どもだということもあり、諭すようにそう告げる。リリアの声はどこまでも続く廊下にこだまして響き、その見えない視界の先に呑み込まれていった。
「……はあ~? だ、か、ら~、遊びじゃないって言ってるだろ!? もう決めた! ちょっと怖がらせて解放してやろうと思ったけど、オマエたちのこと、一生ここに閉じ込めてやるからな! オレ様を怒らせたオマエたちが悪いんだぞ!?」
「そんな意地の悪いこと、言わない方が良いですわよ?」
「ふふん! そんな威勢の良いこと言ってられるのも今のうちだ! 取り返しのつかないことになる前に、泣いて謝った方がいいんじゃないか? そうすれば、オレ様も許してやるよ!」
少年の目的を知らないが、自分たちを閉じ込めたところで何の利にもならないだろうし、恐らく彼はここにシリウスたちを拘束することが最終目標ではない様子だ。ならばまだ交渉の余地はある。
再び説得を試みようと口を開きかけたリリアだったが、それよりも前にシリウスが言葉を発した。
「お主の凄さはわかった。漂う魔力……とは、厳密に言えば少し違うが、その解析も大方済んだ。やはり、余たちをここへと閉じ込められたのは、最初に尋ねたことへ、正確に回答をしたことが起因のようだな」
「なんだ? それはその通りだけど、それがわかったところでもうどうしようもないだろ!? だってもう、オマエたちはここに閉じ込められたんだからな!」
「うむ。故に、壊そうと思う」
「……は――?」
それまで、楽しそうに喋っていた少年から出たのは、そんな間の抜けた声だった。シリウスが何を言っているのか、理解できない。そんな感情が、姿のない少年から漏れ出ていた。
「いや、いやいや! 壊せないって! 見てみろよ! さっきオマエが床に突き刺した剣の跡! もう消えてるだろ!?」
確かに、シリウスが目印のために突き立てた剣の、その痕跡はどこにも残っていない。自然に修復されたのだろう。
「ここはオレ様が創り出した空間なんだ! 傷つけてもすぐに修復できる! だから壊すことなんてできないよ!」
「そうだな。大体の空間を形成する魔術師は、同じことを言う」
納得したうえで、彼女は一歩その足を踏み出した。
まるで、その無限に続く空間に挑むように。
「だが、修復が可能だということと、破壊できるということは全くの別問題だ。今からそれを見せてやろう」
彼女の言葉と共に、シリウスが片手を伸ばすと空気が重く漂い始める。視界に広がる光景での変化は見られない。窓もない壁と天井、そして先の見えない廊下がただそこにあるだけ。
しかし、視界以外での異常が、起こる。
それは、何かを潰すような音。床板を踏んだ時のような不快な音、ではない。もっと激しくもっと強い、木材を破砕しているのかと錯覚するほどの異音が、耳をつんざく。
「な、なんだよこれえ――!?」
当惑に加え、恐怖が悲鳴となって奏でられる。異音はさらにその大きさを増していき、やがて圧のある重い空気は一点に集まっていることに、リリアは気付いた。
空気が向かうのは、シリウスが伸ばす手の先。風すら吹かないはずの空間で、その紅蓮の髪を躍らせる少女の手元には、稲妻を迸らせる黒い球体が生み出されていた。
「……これは、有り余る魔力を圧縮させた、破壊の塊だ」
周囲の空間が歪むほどの黒い塊は、さらにその体積を小さく縮め、ついには手のひらに収まるほどにまで形を変える。
「魔王の最果て至る潰滅の宝玉」
そして、シリウスはその黒い球体を壁面に向けて、勢いよく射出した。
お読みいただきありがとうございました!
果てなく続く回廊を、シリウスがぶち壊す――!!
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