東都に住まう人ならざるモノ
シリウスとリリアはどこへ――?
「あれ? シリウスとリリアは?」
シャーミアが振り返り、尋ねる。先ほどまで後ろを歩いていたはずだ。ルアトも周囲を見渡し、顔を顰める。
「……おかしいですね。先ほどまでは、声もしていたんですが」
確かに、ほんの一瞬前までは彼女たちはいた。気配もあったし会話もしていた。それは間違いない。
だが、どういうわけか、今は気配も姿も窺えない。二人が、何も言わずにどこかへ消えるなんてことはないと思うが。
「お嬢ちゃん、ついさっき何か子どもと喋ってたみてえだが、俺も目を離した隙にいなくなってたな」
「子ども……? カピオ殿、それはどんな童でしたか?」
スズが眼の色を変えて尋ねる。まさか詳しく尋ねられるとは思ってなかったのか、カピオは目を白黒させながらも、思い出す素振りを見せながら応じた。
「あんまりちゃんと見てねえから悪いが、ボロボロの笠を深く被った男の子っぽかったな。ああ、あと尻尾みてえのがあったか? さすがに見間違いだと思うけどな。尻尾なんて、魔獣じゃねえんだ。あるわけねえ」
自分でもあり得ないことを言っている自覚があるのか、カピオはゆるゆると首を横に振って自身の言葉を否定する。
しかし対してスズは、何か考えるような仕草を取った後、改めてその場にいる全員へと申し訳なさそうに視線を送った。
「すみません。もっとちゃんと、あっしらの町について、伝えておけば良かったです」
「どうしたのよ。というか何かわかったの?」
「はい。恐らく、シリウス殿とリリア殿は妖に遊ばれたんだと思います」
「アヤカシ?」
聞き慣れない単語に、ルアトも同様に首を捻った。全員がスズの次の言葉を待つ中、彼女は力強く頷き返す。
「そうです。アウラムにいる妖――、皆さんの国で言うところの魔獣のせいで、シリウス殿たちは連れて行かれちまったんです。……そんで、妖の正体は多分ですが、イッサと呼ばれるモノ。質問に答えると、その妖の作った空間に閉じ込められちまいます」
◆
そこは建物の内部のようだった。床も壁も天井も、全て木造で建てられているようで、足に力を加える度に、床板は不気味な音を鳴らす。
「し、シリウス様……、ここはいったい――」
先ほどまで、自分たちは町を歩いていたはずだが、いつの間に建物に入ってしまったのだろうか。
夢か、あるいは幻でも魅せられているのか。無意識に傍らにいる少女の服を掴むと、確かにそこにいる感触が返ってきて少し安堵する。
「ふむ。どうやら余たちは別の空間に閉じ込められたようだ」
「べ、別の空間、ですの? どうしてそんな……」
「理由はわからぬ。だが、敵意はないようだな。余たちをここに連れて来て何をしたいのかは知らぬが、殺すつもりならもっと直接的な攻撃をしかけるだろう」
何故、シリウスはこんなにも落ち着いているのか。不測の事態であるはずなのに、涼しい顔を見せる少女に、リリアもまた気持ちが落ち着いてくる。
「そう、ですわよね……。そういえば、私たち、ここに来る前に男の子とお話をした気がしますわ」
「恐らく、この空間へと誘い込んだ術者がその子どもなのだろう。余をこの場に連れてくることも不可能とは言えぬが、相当の実力がなければ難しい。余たちが何か術を発動させる条件を満たした、とそう考えるのが自然かもしれぬな」
「もしかして、私がシリウス様のお名前を呼んでしまったからですの……?」
シリウスとその子どもが何か特別なやり取りをしていた記憶はない。やったことと言えば、少年が名前を尋ねて、それにリリアがシリウスの名前を出した。
そこに答えがある気がして、不安を抱く。
「現状では何もわからぬな。それについても調べねばならぬだろう。行こう。術者本人に訊けば、自ずと答えはわかるはずだ」
リリアのその仮定を気にする様子もなく、シリウスは歩き出した。それにリリアも頷いて、後ろをついていく。
周囲には光源が見られなかったが、昼間のように明るかった。歩くことも困難ではなく、床板を鳴らしながらしばらく一本道である廊下を歩き続ける。視界の先は暗闇ではないはずだが、靄でも掛かったかのように奥まで見ることは叶わない。それでもいつかは状況が変わることを信じて、シリウスの後ろを歩いていた。
だが――
「ず、ずっと景色が変わりませんわ……? どれだけ長い廊下ですの?」
いつまで歩いても同じような景色が続いている。いい加減気が滅入ってきたところで、シリウスが顎に手を充てて、それから口を開く。
「ならばこうしてみよう」
リリアが何か反応をするよりも早く、シリウスがその手を振った。彼女の手にいつの間にか収まっていた剣を、そのままその場に突き立てた。
「これをここに置いておく。そしてもう一度、歩いてみるとしよう」
そう言うと、シリウスはまた歩き出す。それに何の意味があるのか尋ねようとも思ったが、すぐに答えがわかるような気もして、安心してその背後をついて歩く。
先ほど同様に変わらない景色の中を歩き続けていると、やがて見覚えのある突き刺さった剣が視界に映った。
「あ、先ほどの剣ですわね。あの、シリウス様。これ、もしかして――」
「うむ。想定した通りだな」
彼女は突き刺さった剣を抜いてから、一瞬でそれを消してみせると、確信した声音を紡いだ。
「――この廊下は、無限に続く回廊のようだ」
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無限ループに閉じ込められたシリウスたちを待つモノとは……!?
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