東都アウラム、ヒゼンの町②
アセビが語る東都アウラムの神について――
「夜刀神について、俺が知ってることを伝えるぜィ。つっても、俺も直接見たわけじゃねェんだがよ。あくまでも伝え聞いてる情報をただ流すだけだ」
東都アウラムに滞在する手続きを済ませると、アセビがそう切り出した。相変わらず昼間にもかかわらず、外は活気が見られない。人が出歩いてはいるものの、すれ違う人々は、嫌悪の視線をシリウスたちへとぶつけるだけで何も言わずに通り過ぎていく。
「まず、夜刀神は人間じゃねェ。訊くところによると巨大な蛇みてェな外見らしい」
「余たちで言う魔獣、みたいな存在ということか」
「まァ、それに近いかねェ。ただ、俺たちはそれのことを神と銘打ってる。余所の国で言う魔獣とは、ちと違うかもなァ」
「神……、となると、崇め奉る対象ということか。そんな存在を討つつもりなのか? お主らは」
「良いヤツなら俺たちだって困っちゃいねェのよ。元々は刀を司る善神、善い神だったらしいけどな、どういう事情か知らねェけど今では人々の恐怖の対象となっちまった。呪いの王としてなァ」
呆れた様子で肩を竦めるアセビは、それから手にした酒瓶を呷った。酒の臭いが僅かに香ってくる。
「その夜刀神ってヤツは何をするわけ? アウラム中を敵に回して、何が目的なの?」
「人やモノを蝕む呪いを振り撒く。呪いに掛かったヤツァ苦しみ悶え、ただし殺さず永劫痛みを与え続ける。知ってても、防げやしねェ。呪いはある日突然、老いも若いも関係なく襲ってくるんだ。そりゃあ恐怖するよなァ。日々生きるのが息苦しくもならァ。んで、夜刀神がそこまでする目的は、吐き出した自分の力を戻すためらしい」
「……どういうこと?」
「単純な話だねェ。自分が吐いた息を、もう一度体内に取り込む。ただそれだけってことさ。そうすることで、夜刀神は力と存在を維持できる。そんで、その器に選ばれたのが、ミボシ様ってわけだ」
言いながらアセビは空を仰ぐ。向かう視線の先にはどこまでも広がる曇天があるだけだった。
「あの、お話が見えませんわ。どうしてミボシ様が出てくるんですの?」
「理由は知らねェ。ただ夜刀神が善神から悪神へと変わったのと、ミボシ様が呪いを溜め込む器となったのは同じ時期らしくてねェ。それが、二百年前の話だ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし? それだとミボシ様は二百年生きていることになりませんこと?」
「そうだ。リリアちゃんは賢いねェ。リリアちゃんの言う通り、ミボシ様はその悪神夜刀神が生まれた日から、一切老いることも許されず、人々に宿るようになった呪いを自らの身に蓄えて、夜刀神に返還する役目を負った」
リリアは言葉を失ったように口を閉ざした。それは『珠の勇者』が背負った運命を想ってのことかもしれない。あるいは、アセビの口から吐き出される、崩れそうなほどに脆い声を聞いたからか。
どちらにせよ、いつものアセビにはない、清々しくも陰のある表情が、その言葉の信憑性に拍車を掛けていた。
「その返還の儀が『祝呪の解き』さ。祝い、呪い、解き放つ。百年に一度、ミボシ様に溜まったこの東都中に広がった呪いを、一度に夜刀神に返す儀式だ。そうすることで、夜刀神は大人しくしてくれるんだとよ。そこにいるだけで迷惑だってのに、さらに危害を加えようとしてたなんて、空恐ろしい話だねィ」
「ですんで、あっしらはその儀を止めるんです」
横から、スズが口を挟む。少女らしい柔らかい声音だが、その芯は強く、硬い意志のあるものだった。
「ミボシ様が呪いを吐き出す、その隙に夜刀神に呪いを渡らねえようにします。当然、夜刀神は怒るでしょうが、百年で弱体化した夜刀神を相手にすれば、全て解決するんです」
「故に、力ある者を探しておった、ということか」
「はい。弱体化すると言っても相手は神。そう簡単にゃ落とせません。アウラムにない、力の持ち主を、ずっと探してました。それが、シリウス殿、あなたです」
「……余の力が通用するとも限らぬだろう。お主たちと、出会って間もない。少し性急すぎぬか?」
「時間がねえんです。『祝呪の解き』まで、残り九日。それまでに、あっしらは東都アウラムに着いてねえといけませんから」
彼女の瞳には焦りと不安が垣間見える。アセビもスズも、もう後がないのだろう。この見ず知らずの、少女に願いを託さなければならないほどに。
真っ直ぐ向けられる視線から目を逸らす理由もない。その事情を聞かされて、いまさらシリウスが逃げることはないが、その心中を知らない彼らからすれば、そういった様々な危険性も加味して、賭けに出るしかなかったということだ。
一通り話しを聞いて、カピオが辺りを見渡しながら口を開く。
「まあ、いまいち俺にはわかんねえけどよ、その夜刀神のせいで、この町はこんな有様なのか? 前に一回来た時は、もっと賑やかだった気がするんだけどもよ」
「あァ、いやァ、これは俺たちも知らねェ。『祝呪の解き』が近いことが影響してるのかもだけどよ、ちょっくら聞いてくらァ」
そう言うと、アセビが気を取り直した様子で離れていく。それを眺めていると、袖を何者かに引っ張られる感覚があって、シリウスは振り返った。
「――お前は何者だ?」
それは笠を目深に被った少年だった。気配は感じ取れていたが、この町で接触する人間がいるとは思わなかったシリウスは、しばし逡巡する。
「シリウス様?」
隣を歩いていたリリアがそう言いながら、振り返った。
「そうか、シリウスというのか」
少年の笑ったような声が、響いた。
そう思った直後のこと。
視界が、切り替わる。
気がつけばそこに広がるのは、先ほどの陰鬱な町ではなく。
どこかの屋内のような場所。どこまでも廊下が続いているような光景が広がっていて、先が見えない。
シリウスとリリアのみが、その異常な場所に立ち尽くしていた。
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シリウスとリリアが連れられたその場所は……?
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