船上にて意志を問う
下船の準備をするアセビとスズにシリウスは……?
船がゆっくりと港へと入っていく。他にも多くの船が停泊しており、アイクティエス同様の港町であることが窺える。
「アセビとスズに、言っておくことがある」
錨を下ろしたり、下船の準備をしている二人を呼び止めて、シリウスはそれぞれの顔を見つめて話す。
何事かと、二人とも首を傾げているものの、身構えるような様子はなかった。
「まずは、ここまでの船旅、ご苦労だった。初めての乗船だったが、良い経験となった。それもスズの操舵のおかげだと言えるだろう。改めて礼を言う」
「そんなことですか。お気になさらないでくだせえ。これもアウラムのために、やってることです」
「そうだな。そのアウラムのためというのが、余が話したいことだ」
一呼吸置いて、それからシリウスは再び口を開いた。しっかりと、二人の眼を見つめるようにして。
「先ほどもカピオには言ったが、余の目的は勇者を討つことだ。全ては、復讐のため。魔王を討った勇者を標的として、旅をしておる」
「そりゃあ、大変な旅なこったねェ」
「その標的の中に、お主たちの慕うミボシも含まれておるということだ」
それまで酒に呑まれて上機嫌に薄笑いを浮かべていたアセビは、後頭部を搔きながら、言い辛そうに目を逸らす。
「あァ~……、もちろん知ってるぜィ。『涙の勇者』様からも聞いてるからなァ。けどよォ、それを踏まえた上で、俺たちァあんたに賭けたんだ」
「賭けた?」
「あァ、そうだ」
アセビは言いながら、流れる雲へと視線を上げた。春の空は薄い蒼が広がっていて、穏やかな光を地上へと流し込んでいる。
物憂げな彼の表情は初めて見る。酔っ払って顔が紅潮しているものの、遠くを見つめるその瞳は、少し寂しそうに見えた。
「あんたたちが、ミボシ様を救ってくれるんじゃねェかってな」
言葉の矛先は、果たしてシリウスへと向けられたモノだったか。シリウスにその胸中は図れない。ちらりと、スズの方を一瞥すると、靡く風に髪を揺らしながら、黙ってアセビを見つめているようだった。
「余の目的を知った上で、それでもまだ勇者を生き永らえさせると思っておるのか?」
「あんたの感情がどれほどのもんなのか、俺にゃあわからんねェけどよォ。実際に会ってみて、なんとなく思ったんだよなァ。あんたは、良いヤツだって」
「そこに根拠も何もないだろう。賭けにしては、随分な博打だな。それに、助けを請うだけなら他にも適した者がおるはずだ。何故余なのだ?」
「いやァ、俺たちも色々と探し回ったんだぜィ? 勇者は大っぴらにアウラムに呼べねェ事情がある。だからそれ以外の実力あるヤツに片っ端から会いに行ってなァ。魔術学院エリフテレアにも、サンロキアにも行った。都市を離れられねェってヤツも多くて、事情も事情だ。もちろん強そうなヤツはそれなりにいたけどよォ、巡り合わせが上手くいかねェ。そんな時に会ったのが、シリウスさん、あんたってわけだ」
「余はお主らのお眼鏡に適ったのか?」
「当然だろィ。勇者二人を相手にしながら、変な空飛ぶ人間と戦って、それに一般市民に被害が出ねェように立ち回ってたんだ。底の知れなさも加味して、満点の逸材だぜィ」
「ふむ。評価してくれるのはありがたい。だが、余は勇者を殺すためにここへ来た。つまり、お主たちの欲する者とは真逆の存在を、招き入れたということになる」
シリウスが練り上げたこの力と想いは、父を討った勇者を守るためのものではない。言わば敵と呼べる存在なわけだが、アセビは静かに首を横に振って応じた。
「承知の上さァ。それほどに、このアウラムの状況は逼迫してるってことだねィ。ただ、こっちが無茶言ってるってのも、わかってるつもりさァ。だから――」
アセビは、その場で膝をつく。そしてそのままの勢いで、頭を甲板に擦りつけた。
「無理を承知で、あんたを信じて頼みてェんだ。どうか、ミボシ様を救ってやっちゃくれねェか!」
声を張り上げ、必死に頼み込む彼に続いて、スズも同じように甲板に膝をついて、頭を下げる。
「あっしからも、お願いします。到底、下げる価値のない頭であることは存知ちゃいますが、それでもあっしらにはこれぐらいしかできることがありません」
懇願する二人に、船は沈黙に包まれる。シャーミアやルアト、それにリリアもカピオも、下船の準備を進めながらこちらの様子を窺っている。
しばらくの無言の後、シリウスはわざとらしく息を吐いた。
「これで断れば、余が悪者のようではないか?」
「……っ、決してそのようなつもりは――」
スズが顔を上げて弁明しようとするが、シリウスはさらにその上から言葉を被せる。
「顔を上げるがよい。お主らの想いは、きちんと受け取った」
「それじゃあ――」
期待をするかのような、アセビの声。そのまま言葉を返しても良かったのだが、少しだけ、思いを巡らせることにする。
『珠の勇者』ミボシは、勇者連合軍として魔王討伐に参加した。当然、戦闘にも加わり、彼女はその刀で多くの魔獣を斬り払った。復讐の対象であることは、依然として変わらない。
だからこそ、彼らの気持ちに偽りを騙るわけにはいかない。変に希望を与えることは、その分絶望への落差を大きくしてしまうから。
「勘違いするでない。余の目的は変わっておらぬ。……ただ、直接この目で見て、それから判断するのも遅くはないと、そう思っただけだ」
「あァ……!! それで十分だぜィ!」
晴れた顔つきを見せる二人に、呆れてしまう。楽観的で、自分のことを信用しすぎているように見える。付き合いとしてはまだ三日ほどしか経っていないが、何故そこまで信頼できるのか。疑問には思うものの、尋ねることはしない。それはきっと、理屈ではないのだろう。
「話はまとまったか? いつでも下船はできるぞ」
「ああ、すまぬなカピオ。随分待たせたが、余も進むべき道が定まった」
空気が緩んだことを知覚すると、全員がそれぞれ船から降りていく。シリウスもまたそれに続こうとして、船から来た航路を振り返る。
その視界の先には、大陸は見えず、ただ海原が広がっているだけ。随分と、遠い地に来れたものだと、感心の念が湧いてくる。
人知れず、その想いを噛み締めてから、彼女は改めて前を向く。
短いようで長かった船旅を終えて。
一行は東都アウラムの、土を踏む。
お読みいただきありがとうございました!
一行は東都アウラムへと足を踏み入れる――
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