『珠の勇者』ミボシ②
珠の勇者の役目とは――
そこは調度品一つない、だだっ広い空間だった。大広間と呼ばれる幾つもの畳が敷かれているその部屋に、ミボシは足を踏み入れる。
狐の面を付けた従者たちが部屋の端に並び、部屋の中央には一人の女性が座っていた。
歩く音も立てず、背筋を伸ばしてミボシは上品に部屋の最奥へと向かう。
その最中ちらりと、何かを抱えるように面を伏せる女性を一瞥して通り過ぎていく。
ミボシが目的の位置に到着するまで、誰も何も喋らず、物音ひとつ鳴らない。
最奥で焚かれている線香の煙が僅かにくゆると、彼女は振り返る。その所作一つ一つが精巧な美術品のように精彩で、美しい。しばらく、静寂が続く中、冬空のように透明感のある声が部屋に響いた。
「顔、上げはったらどうどす?」
「はい」
ずっと、顔を伏せていた女性がゆっくりと身を起こす。町民らしいよれた着物を身に纏い、髪は崩れないように髪留めで止められてはいるものの、少しだらしなく乱れている。
そんなことはどうだっていい。彼女の身分や身なりを、この場で咎めることなどないのだから。重要なのは、彼女の顔色。土気色で血色に精気はない。焦点もぼんやりと定まっておらず、しかしその腕に抱えるそれを、力強く抱いていた。
「生後一年経ってへんくらい? よお寝てるわ」
ミボシは女性が抱える赤子を覗き込んだ。眠っているらしく、小さな体は呼吸を繰り返している。
「もう、産まれてからずっとなんです」
ミボシは、黙って彼女の呟きを聞き届ける。
「ずっと、寝たきりで。お医者様も原因わからないそうで。一度、ミボシ様に見てもらいたくって、ひと月前からお願い申しておりました」
今にも壊れてしまいそうな彼女の顔を見て、そして赤子を見る。その赤子からは、邪な気配を感じ取れる。赤子の体内に潜むそれを看破したミボシは、真剣な眼差しで女性を再び見やる。
「よお連れてきはった。これは、夜刀神の呪いやね」
「……やっぱり――っ。あの、この子は……、ちゃんと治るんでしょうか!?」
すっかり色を失った唇を小刻みに震わせる女性に、ミボシは笑顔を象った。
「……そのために、あてがおるんや。安心し」
「……っ」
「ずっと辛かったやろ。自分の子の声も聞けへんし、いつ目が覚めるんかもわからへん。それこそ、もうずっとこのままなんちゃうかって、不安やったやろ」
「ミボシ、さま――っ」
「もう、大丈夫や。後は、あてが治すさかい」
その輝きが喪われた瞳に、色が戻り始めた。乾いた井戸に水が戻ったかのように、そこから涙が滲み始め、大雨となって零れ落ちていく。
震えるその肩を抱き締めると、強張っていた体が徐々に和らいでいくのがわかった。凍てついていた心も溶けただろう。嗚咽が部屋に渡り、ミボシはその溢れる感情を受け止める。
「もう、大丈夫やから」
「……はい」
「少しだけ、休み」
耳元でそう囁くと、女性の体が一気に脱力した。まるで気でも失ったかのように倒れるその体を、ミボシが抱き留めると優しく畳に寝かせる。その状態でも、決して離そうとしない赤子を、丁寧に彼女の腕から剥がすと代わりに自らの腕で抱く。
「……堪忍な」
悲しみを帯びた眼でそう告げると、従者の一人が近づいてきて刀を差し出す。白塗りの鞘に納まった、随所に金箔が施されているその鞘を片手で器用に抜くと、白銀煌めく刃紋が姿を露わになった。
そして、ミボシは――
抱えるその赤子へと、刃を突き立てた。
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それが珠の勇者の役目――
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