『珠の勇者』ミボシ
目が覚めた後、優雅に佇むのは――
東都アウラムは島国だ。保有する国土は大陸にある各国と比べれば小さいものだったが、豊かな海洋資源と島独自の気候による多様な農作物の栽培により、その島の経済は潤っていると言えた。
わざわざ大陸から島国へ訪れようという者は、余程のモノ好きか商人しかいない。それでも、その商人たち相手に特産品を売り、また大陸からも多様な文化を取り入れる。
規模の小さい国ながらも独特の文化が形成されていた。
「あら、今日はパンと珈琲なん?」
「ええたまには。朝、町のパン職人から取り寄せたモノですよ。毎日、米は飽きるでしょう」
「それ、町民の前で言うたら大目玉食らうで」
クスリ、と。意地悪い言葉と共に艶やかに笑うと、食器に乗ったパンを千切り口へと運ぶ。芳醇な小麦の香りと仄かな甘みが口内に広がる。
注がれた珈琲に口をつけると、香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、口に含むと上品な苦みが喉を過ぎていく。
ここにあるほとんどが国外から取り寄せたモノだ。パンも珈琲も、それが乗った食器や机。彼女が座るソファや吊るされた照明など。
部屋にあるそれらは、まるで東都の光景とは思えない。これも全て、この建物の主である彼女が望んだもの。
「本日の予定ですが」
珈琲の入ったカップから口を離す。傍らに立つ、狐の面で目元を隠した女性が何かの帳簿を見ながら口を開いた。
「ご朝食の後、浄化の依頼が八件入ってます。その後、湯あみの時間を取っていますので、それが終わり次第、『祝呪の解き』についての会議があります。その後は――」
「夜刀神との会合、やろ?」
「はい。日課ですから」
淡々と告げる彼女に、わざとらしく溜息を吐く。カップを置いて立ち上がると、美しい濃紺の髪が僅かに揺れた。
「『祝呪の解き』まで、あと十日。百年も、あっという間やね」
「百年に一度、夜刀神を再封印するための儀。いつまで続ければいいんでしょうか」
「ずっとやろ。ずぅっと、あてらは、あの呪いの王と付き合うていかなあかんね。それが、東都アウラムが助かるための、唯一の方法やから。……あの子が、残してくれた救いの道やで?」
「……ミボシ様」
いつもと違った様子の声に振り返ると、いつもと変わらない感情の読めない口元が映る。
「なぁに? どしたん? なんか思い詰めてる?」
「私は貴女様にお仕えできてることが唯一の救いであり喜びです。そんなミボシ様が呪いで苦しみ、永劫の贄となってるこの現状が許せません」
「許さへんて、ほなどうするん? 余計なことしたら夜刀神の怒り、買うことになるで?」
「……夜刀神を討ちます」
彼女の声はそれまでにない覚悟の籠ったもの。冗談やその場しのぎで喋っているようには到底見えない。
「ふふ、本気で言うてる?」
「はい。どれだけ困難な道かは、理解してるつもりです。それでも、ミボシ様の身を自由にできるのなら」
「そうか。ほな、楽しみにしとかなな」
会話はそれまでと、言わんばかりに視線を外す。
彼女がそこまで考えていることには驚きはしたものの、全て話半分に受け取る。それは彼女が信用できないとか、頼りにしていないとか、そういった理由ではなかった。
誰であっても、それは不可能なのだ。
夜刀神を討つということは、生命が老いることを拒否することに等しい。可能性があるとか、そういう問題ではなかった。
ただその気持ちだけはありがたく受け取らせてもらう。彼女が傍に仕え始めてから二十年が経っていた。側近としては十六代目。多くの受難が付き纏うこの役目で、ここまで長く続いているのは久しぶりのことだった。
だから、彼女を失いたくないという思いもある。
しかし、彼女を尊重したいという気持ちもある。
大丈夫だ。最悪のケースは訪れない。いざとなれば、自分が犠牲になればいいのだから。
「ほら、ぼうっとしてやんと、次の予定の準備しよか」
ミボシはいつもと同じように、部屋を後にする。相貌は少女のように若くあどけなく、しかしその真相を他者に見せず。
『珠の勇者』ミボシは、今日も東都アウラムの希望として、生きるのだ。
お読みいただきありがとうございました!
東都アウラムに咲く華として……
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