善因悪果
それは、とある思い出……
カラスキ=レイ、という友人がいた。彼女は天真爛漫で、町民の出でありながら様々な身分の人間から好かれていた。気立ても良く、器量も良い。縁談の話も多く舞い込んでいたのを、よく耳にした。
「また断りはったんやって? さすが、綺麗で人気もんは高官も選びたい放題なんやねえ」
「ミボシの方が可愛くて綺麗じゃない。それに、そんなんじゃないわよ。私は身分とかで選びたくないだけ。ただのわがままだっていうのはわかってるけど、それでもちゃんと好きな人と、一緒にいたいから」
「あら、随分眩しい発言やこと。純真すぎて赤ちゃんやと思ったわ」
「からかわないでよ。私だってわかってるんだから」
「はいはい。あてが悪かったさかい、機嫌直し」
頬を膨らませる彼女が可愛らしくて、その頭を撫でる。絹のような黒い髪は、ずっと触っていたくなるほどにサラサラで手触りが良い。彼女も、満更ではなさそうに落ち着いた表情をしている。
彼女、レイとは同い年ということもあってか、身分も違うが時折こうして話すことがあった。最近あった出来事や互いの好きなモノについて、同年代と語り合えるこの時間が、何よりも好きだった。
彼女のことが、羨ましいと感じていた。
様々なしがらみや立場がある自分と比べると、自由に過ごせている彼女が眩しく映る。決してレイも気楽に生きているわけではないことぐらい、わかっているつもりだが、それでも彼女の生き方を真似したくなる。
誰にでも分け隔てなく接して、感情を隠さずに表に出せる。そう生きられたらと、常日頃思っている。
だから、彼女とこうして会って、話すことが楽しい。レイの一部を分け与えてくれている気がするから。
レイとのこの時間は少女、ハゼ=ミボシにとってかけがえのない瞬間だった。
「あ、ほら、レイ。見てみい? あそこ」
いつも会う橋の上から、とある姿を見つけ指を差す。そこにいたのは川岸の通りを歩く、長身の男。アウラムでは珍しい様式の衣服を身に纏うその人物は、頭部に動物か何かの頭蓋を被っている。
何もかもが異様。この東都では間違いなく彼は浮いている存在だ。しかし、誰も不気味に思った様子も見せず、何事もなく通り過ぎていく。指差す先を見つけたレイもまた、すぐに先ほどまでの不機嫌を消して、彼の下に駆けて行った。
「……相変わらず、恋する乙女やねえ」
それについていくように、ミボシも歩いて追い掛ける。早朝の街は人気が少なく、陽気が肌に心地良い。歩く度にカラコロと小気味良く下駄が音を打ち鳴らし、川のせせらぎと混じり合う。
「デュラアンテさん! 今日はお早いですね」
レイの朝焼けのように輝かしい声が空に渡る。その声は明らかに上擦っていて、緊張が窺えた。
洋服を着こなした長身の男の名前は、デュラアンテ。彼はこの東都の人間ではない。島の外、別の国から時々訪れては、様々な文化に触れて回っているようだ。その回数も数えきれないほどで、レイとミボシも、何度も顔を合わせている。
そんな彼が頭蓋をレイに向け、静かで落ち着いて、それでいてどこか威厳のある声を放った。
「おはよう、カラスキ。……ハゼも、元気そうだ」
彼から視線を受けて、近づきながらミボシも挨拶を返す。
「おはようさん、デュラアンテはん。今日も妖の調査に来はったん?」
「そうだ。ここの魔獣たちはワタシたちの住む世界と異なっている。それに住民たちと共生できているからね。参考にできる部分が多いんだ」
「魔獣やあらへん。あやかし、や。海の外から来てくれはった人らには、あてらみたいな上品な物言い似合わへんやろか?」
「そうだった。つい、いつもの調子で言ってしまった。申し訳ない」
そう素直に謝られると張り合いがない。謝罪の言葉を受け入れる代わりに息を吐くと、レイが言い辛そうに口を開く。
「あ、あのデュラアンテさん」
「どうしたんだい、カラスキ」
らしくないレイのその姿に、ミボシはまたしても嘆息を吐く。それから、言葉を待つデュラアンテの前で決心がついていない様子の彼女の背を、優しく押してやる。
「わ――!?」
「おっと」
文字通り、背中を押されたレイはそのままの勢いで、デュラアンテの下に倒れこんだ。彼女の体が彼に優しく抱き留められると、瞬時にレイの顔が紅潮する。
「あら? 春やのにええ色の紅葉が咲いてるわあ」
「――っ!!」
さらに顔を真っ赤に色付けるレイは、恨めしそうな視線をミボシに送り付けると、すぐに彼の両腕から名残惜しそうに離れた。
「ご、ごめんなさい! ちょっと、躓いちゃって」
「……大丈夫だ。カラスキに怪我がなくて良かった」
「……っ」
甘い空気が漂うのを感じ取ると、ミボシは押し黙りその場を見守ることにした。これ以上何か余計なことをすると、馬に蹴られてしまう。
「あ、あの! わた、私も一緒に連れて行ってください!」
「カラスキも、アヤカシに興味があるのか?」
「え、あ、そ、そうです!!」
そのいじらしい姿に、笑いが噴き出してしまう。本当に興味があるのは妖ではないだろうに、余程彼のところにいたいのだろう。
当然、邪魔はしない。後は二人の問題なのだから。
「もちろん、構わないよ。それなら、カラスキの父君に伝えないとな」
「あ、そうですね!」
そう交わし合うと、二人の視線がミボシへと注がれる。
「あては行かへんよ。こう見えて、あんたらみたく暇やあらへんのよ」
実際、こうして外に出ているのも、家の人間に黙って来ている。時間的にもそろそろ戻らなければ怒られる。
「そうか。それではまた会おう」
「せやね。機会があれば」
そしてミボシは、レイの元に駆け寄ると、耳元に口を近づける。
「……次会うたら、どこまでいったか聞かせてや」
「なっ――!? ちょっとミボシ!!」
「ふふっ、ほな、達者でやりや」
無邪気な笑顔で、ミボシは彼女たちを送り出す。胸中が、この春空のように晴れている。いつも過ごしている堅苦しい屋敷からでは、この心地は得られない。
彼女はしばらく、その場に残る甘い香りを堪能してから、屋敷へと戻るのだった。
◆
「――また、あの日の夢……」
昏い部屋で、孤独に呟く。周囲に人の気配はあるものの、部屋の中には自分一人。醒めた瞳には、ただ闇だけが広がっていた。
彼女は、時折夢を見る。取るに足らない、平和で無駄な、小さな夢を。それは、彼と彼女についての思い出。
遠い、遠い、二百年前の、永遠の記憶。
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いよいよ第三章スタート!!
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