『王の勇者』レガルス=リオン
魔神臨在学会の拠点を破壊した王の勇者は……
レガルス=リオンは勇者である。リオレ皇国に生まれ、国を守る騎士団として長を務めた父と、貴族の出身の母を持つ、いわゆる恵まれた家系の子だった。
幼い頃から剣を習い、作法を叩きこまれ、皇国の恥とならないように教育されてきた。しかし、それを彼は厭わずに、受け入れていた。父も母も、勤勉である時だけは優しくしてくれる。その愛を受けたいがために与えられた試練は全てこなし、何よりも親からの愛を重んじていた。
そこには、形こそ変わっているものの、一つの家族の愛があった。別段特別なことはない。親から子へ、また子から親へと流れる愛情に、偽りも何もなかったのだから。
そんな、普遍的な彼が勇者に至ったのには、理由があった。
通常、勇者は先天的には現れない。人間の敵となる相手を屠り、平和をもたらす者。それこそが世間一般での勇者であり、また特定の誰かに名付けられるモノでもない。
人々を、世界を救えば名声が広がり、その人物の噂が広がる。魔を討つ者が現れた。平和を与える存在が訪れた、と。
一定の活躍の後、次第に人々の間で認知され始めると、次第にこう言われるようになるのだ。
勇者、と。
レガルスも、その流れを汲んで勇者となっていた。魔を討ち、平和を勝ち取った彼が、勇者と呼ばれるのは当然のことだった。
例えそれが、実の両親を殺したことで得られた名声であったとしても。
両親がこの国を転覆させようとしている。それを止めるために両親を殺せ。そう命令したのは当時の皇帝。その彼は強硬派であり、自らを縛る者を決して許さない独裁者気質でもあった。
殺さなければ、自分が殺されるだろう。どうにか、上手いこと両親を逃がすことができないかと画策したものの、それも上手くいかなかった。
結果として、レガルスは自らの手で両親を殺すことに至った。
『……立派に、前を向いて、恥じることなく生きなさい』
そう言葉を残した父の顔は、何故か穏やかだった。
今でも憶えている。ずっと夢に見る。その度に吐き気がこみ上げ、そして両親の死を無駄にしまいと意気込み前を向いてきた。
走り続けなければ。
ずっと前を進まなければ。
そうして、今や年齢を重ねて四十も後半に差し掛かっていた。
どれだけ全力を出してきたのか。
どこまで来れただろうか。
後ろを見る勇気もなく、届く声を聞くのも恐ろしい。
そのはず、だったのに。
「おや、リオン様。こんな夜更けにどちらへ行かれていたんですか?」
「いや……、少し野暮用でな」
リオレ皇国、その都市へと入る際に、衛兵からそう尋ねられ、上の空で答えてしまった。いつもなら簡素な報告を入れるのだが、今日は何故かそれすらしようと思わない。
「そうですか! お勤めご苦労様です!」
衛兵は、そんな彼の微細な変化に気がついた様子もなく、いつも通りに都市への入場を許可する。
魔神臨在学会諸共、洋館を破壊して数刻。行きは転送魔術で連れてこられたが、帰りは自らの足で帰らざるを得なくなった。幸いにも、その拠点があった場所はリオレ皇国と禁断の森との間付近で、それなりに近かったこともあり、朝になる前に都市に戻れていた。
空は若干白み始めていて、朝の到来を予感させている。こんな時間に都市を彷徨う人などいるはずもなく、レガルスは走りっぱなしだった足を止めることなく城へと向かう。
「こんばんは、お兄さん」
「……?」
人気のない通りを歩いていると、路地から唐突に声が聞こえてきた。振り向くと、そこには紫色の髪を肩まで伸ばす女性が、赤い瞳を瞬かせて立っている。
如何にも怪しい人物だ。恰好も、綿の服の上から幾つもベルトのようなモノを体に巻き付けている。本来ならば、見ず知らずである彼女の素性を正すべき。
しかし、レガルスの脳内にその思考が生まれたにもかかわらず、そうしようとは思えなかった。
彼女はそれをしなくても大丈夫な存在だと、そう認識していた。
「あ、もうおはようの時間かな?」
「貴様は……」
頭に靄がかかる。何かを思い出そうとするものの、その引き出しからは何も掴み取れない。まるで虚空を掴もうとしているようだ。だが突然、かちりと、パズルか何かがハマったかのように彼女の名前が口から吐き出された。
「――ナンシアか。悪いな。思い出すのに時間がかかった」
「気にしてないよ~。お兄さんとウチが会うのも、久しぶりだし?」
「そうか? ああ、そうだな」
要領を得ない返事をするレガルスに、いつの間にか近寄っていた彼女がその手を絡めてくる。
「それで? どしたん? 浮かない顔、してるじゃん」
その手は柔らかく、暖かい。血潮の脈動が確かに伝わってくる。その温もりに、レガルスに僅かにあった警戒心もうやむやとなる。
しかし、すぐに彼女から手を離した。幾ら親しい友人であったとしても、身を委ねるわけにはいかない、と。理性がそう叫んだ。
手を離すと、少し悲哀に満ちた表情を浮かべる彼女に胸が痛んだが、気付かないフリをして頭を振った。
「いや、ナンシアが気にすることじゃない。これは吾輩の問題だ」
「ふーん……、そっかそっか。いいよ。お兄さんが頼りたくなったらいつでもウチを頼ってよ。ウチ、何でもするからさ。あ、それでさ、もっと面白い話あるんだけど――」
彼女の紅い瞳が妖しく光る。まるで人間ではないかのように、不気味な存在として映るそれは、薄く笑いながら言葉と共に心へと入り込んでくる。
「――復讐っていうか、親の仇討ちとか、興味ない?」
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王の勇者が出会ったその女性はいったい何を企む――?
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