ドゥーベは夜空へ手を伸ばす
そこにあるのは破壊された誰かの拠点跡……
焼け焦げた臭いと熱が山積した瓦礫に纏わりついている。立ち昇る白煙が風に揺れると、突如、瓦礫が音を立てて散乱した。
「あーあ、せっかく見つけたボクたちの隠れ家が滅茶苦茶ね」
瓦礫を崩して生まれたのはピンク色の髪を伸ばす、艶美な女性。身に纏ったドレスには汚れ一つなく、彼女自身にも傷は見られない。
ただ、彼女の腹部は妊婦のように膨らんでいた。
「だから勇者を利用するのは止めようと言ったんです、リナ。ああ、守ってくださりありがとうございました、ピグマリアン」
瓦礫がまたも崩れる。
そこにはボロボロの衣服を身に纏った、長身の女性と一体の騎士。騎士に抱かれていた彼女は傷も何もないかのように、軽い調子で瓦礫の上に降りる。
「お礼なんていらないわ。これもテストよ。勇者の怒りの一撃をどこまで耐えられるのか、ガラティアの耐久値を知りたかったのだけれど、意外と耐えられたわね」
騎士の中から黒髪の少女が出てくると、騎士の手に腰掛けた。彼女の体には傷もなく、病的なほどに細い肢体が月光に映える。
そこはとある森の奥地。名前もついていないような、広大な森林の奥深くに位置するその場所にはかつて、巨大な洋館が建っていた。
それも先刻、空から注ぐ白い輝きによって跡形もなく破壊されてしまったのだが。
「エリオの意見もわかるけど、もう契約しちゃったし、状況は動き始めてるからね。ボクが日和って行動しないことこそ、あり得ないでしょ?」
「それでワタクシたちのアジトが破壊されてれば世話がありませんが。この調子でいけば、幾つ拠点があっても足りませんよ?」
「拠点なんていくらでも見繕えばいいじゃない。ボクたちの目的は、安寧が続く平和を求めてるわけじゃないんだから」
「それでも勇者を使うことは危険ではありませんか? 先ほどの『王の勇者』は魔力探知に秀でていたわけではなかったとはいえ、生きていると知られれば、この程度の結果では済まされないでしょう。あなた方は大丈夫でしょうが、あいにくワタクシはあの手の攻撃を防げませんから」
首に付けられた傷に触れて、エリオレスが嘆息を吐く。それに対して、ピンク色の髪を揺らし、ふわりと宙に浮いた女性、アルメリィナは無邪気な表情を浮かべた。
「大丈夫よ。もうここから彼がボクたちの相手をすることはないんだから。契約はしたし、『王の勇者』には文字通り、王になってもらうの」
「何の目的で王にするのかしら? これほどの危険を曝してまで、やるべきこととは、到底思えないけれど?」
「これも全て、魔神を生み出すためだよ。ピグちゃん」
夜空を抱くように、月を受け入れるかのように、彼女は手を大きく広げて仰ぐ。動物の鳴き声すらしない、静寂な空間の中、その光景は絵画のように病的に美しく、そして狂気的だった。
「魔王の娘……、あのお方はいま最も魔神に近い領域にいてね。魔神とは、魔を司る最上の存在。魔王如きでは到底至れない最高の座。だからこそ、魔神になるのはそう簡単なことじゃないの」
「そのための下準備ということね。正直、ピグには『王の勇者』のことと魔神とで、繋がりがあるようには思えないのだけれど」
「魔神には器が必要なのよ。それがシリウス様。美しく穢れ一つなく、高貴で最高なあのお方に、器だなんて言葉は全く相応しくないけど、定義上そう呼ばせてもらうわ。その器に、悪意と絶望、混沌と狂気を混ぜれば、魔神としての下地が整うのよ」
楽しそうにそう語るアルメリィナ。それに対して、騎士の手に座るピグマリアンは小首を傾げて、疑問を呈する。
「……水を差すようで悪いのだけれど、とてもあのお方にそれらの要素があったとは思えないわ。確かに魔術の腕は特級品で、他に類を見ないほどに素晴らしいものだったけれど。狂気や悪意はなかった。絶望なんて、以ての外じゃないの?」
「それについては大丈夫。悪意も狂気も、後付けでどうとでもなるんだから。ボクが用意した、魔に堕ちた勇者、イデルガ。彼を封印して、確実にあのお方の身には悪意と狂気が宿ってる。『王の勇者』の役割も、シリウス様の糧になってもらうことなんだよね。それに、絶望に関しては、ボクが関与するよりも前から、ずっと抱いていたようだから、今もあのお方は魔神への道を辿ってる」
歌うようにそう語り、彼女は上機嫌に宙へと浮かぶ。
「ああ……♡ シリウス様♡ きっとボクたちが貴女様を導いてあげるからね♡」
恍惚な顔を月夜に披露し、嬌声を上げるアルメリィナ。それをエリオレスとピグマリアンがまた始まったとばかりに軽く流していると、不意に男性の声が空間に響いた。
『――おい、これは一体どういうことですか?』
瞳が、宙に浮かんでいる。他には何もない。ただ空間にポツリ、と。黄色い瞳だけが浮いている。
「あ、セイラン。そっちは順調?」
『はあ? ワタシはどういうことかと問うているんです。話をはぐらかさないでください。意味がわからないのならもう一度ちゃんと質問して差し上げます。何故、ワタシたちの拠点が瓦礫の山になっているんですか?』
明確な怒気を孕んで、セイランと呼ばれた男は瞳をギョロギョロと動かしながら声を震わせる。一方で問い詰められているアルメリィナは肩を竦めて、いかにもどうでも良さそうな態度で応じた。
「だって仕方ないでしょ? 『王の勇者』との取引をしてたんだもの」
『随分と荒々しい取引だったようですね』
「そうよ。おかげで『王の勇者』に刻印を付けれたし、これで準備は整った。あとのことはナンシアに任せるとして、とりあえずはボクたちの望む方に事態は転がってるかな」
『……ならば、こちらの計画も――』
「いいよ。好き勝手に進めて。所詮小さな島国だもん。魔神を生み出す糧になってくれるなら、本望よ」
『わかりましたよ。今回の報告は、こちらの準備が整った旨の内容でしたので、それなら後はワタシの好きにさせてもらいます』
「どーぞご勝手に」
手をひらひらと振ると、黄色い瞳は瞬時に消えて、また元の空間に戻った。それを見送った後、エリオレスが静寂を破る。
「良かったんですか? セイランは、恐らく収拾がつかなくなりますが」
「東都がどうなろうと、ボクの知ったことじゃないよ。やりたいようにさせればいいじゃない。それが彼の願いでもあるんだし。ボクにそれを止める権利はないよ」
「……そうですね。無粋な質問でした」
彼女の言葉に頷くと、アルメリィナは再び空を見上げた。そこには無数の星々と眩しいほどに輝く月が、楽しそうに瞬いている。
「さあ、そろそろボクたちも舞台に立とうかな。この世界を混沌にして、シリウス様に捧げるために」
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