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魔王の娘  作者: 秋草
幕間⑤
240/263

大海の声、壮美の残響

大渦を前に、シリウスたちは……!?

 甲板から外を見る。相も変わらず荒れた海だが、しかし先ほどよりも揺れが少なくなっていた。

 それは船体を揺らすような不規則な波がなくなったから。いや、厳密には消えたわけじゃない。波間はまだ周囲に白波を立てている。ただ、船がその場所いないだけだ。


「なるほど。これは確かに、もう操舵も意味をなさぬか」


 それは巨大な渦潮。船一隻はまるまる呑み込めるほどの大きさを持ちながら静かに、しかし異様な存在感を放ちながらそこにいる。その潮流は波も立たないほどの水流と共に、渦の中心へと吸い込もうとしているようだった。


「申し訳ありません。何とか避けようとはしたんですが……」

「そう何度も謝るでない。この嵐の中、よくここまで船を保たせた。それだけで十分な働きと言えよう」

「しかし、このままでは……」


 焦るスズの瞳を受けて、シリウスは再び海へと視線を投げる。


「自然に抗う術はいくつか持ち合わせておるが、ここは一つ協力を仰いでみるとしよう」

「協力……?」


 果たしてこの状況で誰に助けを求めるというのだろうか。そんな奇異の視線がシリウスへと集まる中、彼女は甲板から外に向けて堂々と声を放った。


「セイレーンたちよ、助勢せよ(オリジェドゥーテ)


 決して大声とは言えない、しかし威厳すら感じさせる声音が、波間に聞こえる。


「セイレーン、ですか。確か海に住む、半獣の魔獣ですよね?」

「そうだ。姿は見えぬが気配はする。大方、余たちの様子を窺っておるといったところだろう。そら、反応があったぞ」


 シリウスがそう言うと同時、音が響いた。

 雨と風、それから周囲の荒波によって掻き消されることもなく、高く伸びる音は、まるで唄声のように海原を駆け抜けていく。


「これが……」

「セイレーンの声なの?」


 まるで楽器を弾いているような。

 あるいは高貴な旋律を奏でているかのような。

 いずれにせよ、その音調は不気味なほどに美しく、そしてよく耳に溶け込むものだった。


「……ふむ。なるほど」

「何ブツブツ言ってるのよ」


 鳴り響く海の声を聞いて考え込む素振りをするシリウスに、シャーミアが尋ねた。この現状で、魔獣の言葉がわかるのはシリウスだけだ。故に、全員の視線が彼女へと集まる。


「セイレーンたちからの返答だ。助けるために協力はしてやってもいい。人間が沈むのは哀しいことだ。しかし、ただ力を貸すだけではつまらない」

「助けてやるから報酬をよこせってことか。それで、何が必要なんだ? 金以外なら、まあ大体ある」


 カピオが渋い顔を覗かせて、海の向こうを垣間見る。セイレーンの姿は見えないが、今もその唄声のような音は響いていた。

 彼の言葉に、頷き返すと、そのままシリウスは視線を流す。

 傍らに立つ、空色の髪の回復術士へと。


「昨夜アイクティエスで響いた唄を、もう一度聞かせてほしいそうだ」

「それって……」

「うむ。リリアの唄を、聞きたいというリクエストだな」


 色々とセイレーンは言葉を並べていたが、要約するとそういうことだった。それを聞いたリリアはわかりやすく目を泳がせて慌て始める。


「わ、(わたくし)ですの!?」

「うむ。どうやら昨晩披露した聖歌をやけに気に入っておるようでな。美しく、心地よい歌声だったと絶賛の嵐だ」

「そ、それほどのものじゃありませんのよ。(わたくし)の唄をその、評価してくださるのは嬉しいのですけど。今は唄を歌っている場合ではありませんこと?」

「余たちにとってはそれどころではないかもしれぬが、セイレーンにとっては大事なことのようでな。すまぬが、歌ってやってくれぬか?」


 困惑している瞳をシリウスが覗き込む。僅かに、気恥ずかしさも滲んでいるその顔は、やがて抵抗を諦めたのか、決意を固めたものへと変わった。


「……わかりましたわよ。それで何かの役に立てるなら――」


 リリアが、その瞳を閉じた。その間も風は吹き、雨は荒れる。船は、海の底へと続く渦の中心に向かっている。

 そうしている場合ではない、この状況で。

 しかし誰もが、静かに黙り、彼女を見守っていた。


「―――――――――」


 そして、リリアの口元が開く。高く、澄んだ空を思わせる突き抜けるような声に伴い、しっとりと落ち着いた旋律が奏でられる。

 高音なだけではない。抑揚がはっきりとしており、聞く者の心を動かすだけのリズムが紡がれていく。


「これは、昨夜聞いた歌声……」

「良い声だねェ。酒が進むや」


 雨の中、海上を駆け抜けていく音響がこだましていた。ここに一人の少女が歌うと、そう存在を主張している。


「……心が洗われるようだ」

「同感です」


 先ほどまであった、事態への不安感は既に消えていた。諦めたわけではない。船内に漂うのは、歌声続く希望の風。


「――唄が……」


 耳に、さらに唄が広がる。リリアのモノだけではない。海の彼方から張り上げるように、隣で子どもが口遊むように。

 幾つもの晴れやかな声が、連なり始めた。


「良い歌声だ」


 シリウスは瞳を閉じて、そのコーラスに浸る。

 さながら、劇場に足を運んだかのようだ。静謐な空気の中、澄み渡るのは美しく荘厳な歌声たち。リリアの声も、セイレーンの声も、互いに邪魔をし合うことなく、共鳴してさらに空間を彩っていく。


「見ろ! 海が――」


 カピオが驚いて、そう叫ぶ。夢から覚めるように、瞼を開くと先ほどまであった大渦が、いつの間にか消えていた。


「こりゃあ、なんということでしょうか」

「奇跡だなァ、ガハハ」


 風や雨の勢いは変わらない。鬱々とした黒い雲が頭上に広がり、嵐の只中にいることがわかる。

 しかし先ほどまであった荒波はない。波は、その音を小さく立てるばかりで、船に与える揺れは晴れやかな日の航海のそれと変わらないほど。

 歌声に応えるように、海もまたその情景を相応しいモノへと移していた。


「奇跡などではない。魔獣と人が手を取り合えば、これぐらいの難事は些末なこと。憶えておいてほしい。魔獣は決して、人間に仇なす存在ではないということを」


 歌声が彼方へと伸びていく。鳥が自由に空を飛ぶように。魚が海原を駆け回るように。

 彼女たちが重ねる唄は、さらに楽しそうに流れていく。


「さて、スズよ。これなら航行は可能か?」

「……はい! 必ずや、皆さんを無事に、東都までお連れすることを約束します!」

「うむ。頼んだ」


 そうして船は再び前へと進みだす。雨風は未だ強い。しばらくそれも続くだろう。

 だが、対して海は穏やかに揺蕩いながら、航海を見守っている。

 曇天。嵐の中。目的地まではまだまだ距離はあるが、船内に降りた雰囲気は陰鬱なものではなくなっていた。


「改めて向かおう。――東都、アウラムへ」


 その少女の声に同調するかのように。

 歓声のような祝福の唄は、行く先のどこまでも響き渡っていた。

お読みいただきありがとうございました!


シリウス一行はいよいよ東都アウラムへ――!!


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