魔王の娘が目指すその場所に
一足早く宿の部屋に着いていたシャーミアが耳にしたのは、慌ただしく宿の廊下を走る音。
そしてそのまま勢い良く扉を開け放つ、両手に屋台の料理を持った紅蓮の髪の少女が視界に飛び込んできた。
彼女は部屋に入るや否や、机に戦利品を並べてそれらの説明を始める。
「帰っておったか。丁度良い。こっちが蒸した芋にバターを乗せた、芋バターというもの。そっちが小麦粉を練った麺に甘辛いソースで味付けした焼き麺というものらしい。どちらも出来立てが一番美味だそうだ。口直しに果実飴も買ってきたぞ」
無表情でそれらを指差していく少女、シリウスは最後にその蒼い瞳をシャーミアへと向けた。
「お主はどちらが食べたい? 余は芋バターが気になっておってな」
「……ねえ、何これ?」
「何とは、どういう意味だ? 祭りで売られていた料理を幾つか見繕ってきたのだが。もしやもう腹拵えは済ませた後だったか?」
「そうじゃなくて――」
買ってきた料理が放つ良い香りが鼻腔をくすぐったせいか。途中まで言いかけていた彼女の代わりに、シリウスの疑問に答えたのはシャーミアのお腹の音だった。
必死にお腹を抑えるも既に手遅れ。それはシャーミアも分かっている。顔を火よりも朱に染めて、卓上に置かれたシリウスのお土産を奪っていく。
「そうよ! お腹空いてるわよ!? 悪い!?」
「悪いことなど一つもない。生きていれば腹が減るのは当然のことだ。寧ろ手っ取り早い生の実感とも言えるだろうな」
言いながらシリウスは串に刺さった蒸した芋を手に取り、齧り付いた。籠った湯気が溢れ出し、立ち昇る。冷まさなければ食べられそうにもなかったが、彼女は冷静にそのまま食べ進めていく。
「はあ……」
シリウスのその姿を見て、自分だけがあれこれと考えていたことが馬鹿らしくなってしまう。
シャーミアもまた、付いてきた使い捨てのフォークで麺を啜った。口内に甘辛いソースが広がり、さらに口へと運んでしまう。意外とお腹が空いていたのかもしれなかった。
ふと、シリウスへと視線を向けると口を動かしながらこちらを見ていた。
「何よ? 言っとくけどあげないから」
交換ならば一考の余地もあったわけだが、いつのまにかペロリと芋を平らげていたシリウスに、あげるものなどない。
睨んで返したシャーミアに、彼女は首を振って応える。
「いや、何やら落ち込んでおったようだったのでな。腹を満たせばそれも収まるかと思ったのだが、どうだろうか?」
きょとん、と。予想だにしていなかったそれに、シャーミアは食べる手を止めていた。
その彼女の言葉は心底に純真で、どこまでも無表情。言葉と顔がチグハグだ。だがそこには確かに、憂慮の念があった。
「あんた……、そんな気が利けたのね」
思わず、そう口にしてしまう。勝手な決めつけは良くないと知りながらも、とてもではないが普段のシリウスからは相手の気を遣う姿は想像できなかったのだ。
そして、その印象は彼女自身も分かっているようだった。
「余の人間らしい振る舞いは、全てウェゼンから学んだモノだ。上手く活かせておるかは分からぬがな」
「そう……」
まただ、と。シャーミアは自身に嫌気が差す。
シリウスのことが嫌い、というわけではない。ただし好ましいとも思っていない。祖父を殺した張本人だ、どう転んでも好きにはなれないだろう。どちらかと言えば、ライバル視しているのに近かった。
そんな相手が、余裕のある態度を見せてくる。その姿に焦りを感じてしまうし、勝手にモヤモヤしてしまう。
「どうかしたか? まだ、足りぬか?」
「ううん。違うわ、そうじゃない」
そうではないだろう。もう既に、自らの感情に振り回されている場合ではないところまで来ている。そんな彼女に追いつかなければならない。モヤモヤしている暇はない。やるべきことは分かっている。足踏みは時間の無駄だ。
彼女の全てを喰らうつもりで、縋れ。
シャーミアは残った麺を一気にかきこんで、咀嚼もそこそこに水で胃袋に流し込む。
そして改めて少女を見据えたその紅い瞳は、強く瞬き、美しく煌めいていた。
「アンタ……、シリウスはあたしのことを強くしてくれるって言ってたわよね」
「そうだな。余から渡せるモノはそれぐらいだ」
「なら――」
このまま、シリウスに甘やかされていくわけにはいかない。それだけでは到底追いつけないほどの実力差が、シャーミアと彼女にはある。
漫然と、ただ現在を受け入れることは、もう止めよう。
するべきことは、ただ一つなのだから。
「あたしにも、復讐の手助けをさせなさいよ。アンタが歩むその道に、あたしも付き合ってあげるわ」
彼女が歩む道のりは、険しく遠い。だが魔王の娘ならばそれもこなせてしまうだろう。
それは、彼女の強さをよく分かっているからこそできる評価だった。
ならばただの人間がそこに追いつくためには、彼女と同じ道を辿れなければ至れない。
少なくとも、今シャーミアが出せる答えはそれしかなかった。
じっと、シリウスがその蒼い瞳で覗き込む。相も変わらず何を考えているのか読み取れない。
シャーミアはその瞳を覗き返し、まるで鏡のように映る自分の姿を見た。
しかし、やがて彼女は目を逸らす。
「――恨んでくれるなよ、ウェゼン」
彼女の消え入るような呟きは、しかししっかりとシャーミアの耳にも届いている。その上で、何も言わない。
何も、言えなかった。
彼女が向き直ってこちらへと視線を注ぐ。シリウスは何を想い、何を感じ取ったのか。出会ってまだほんの一日ちょっと。シャーミアには分かるはずもない。
しかし意外と思慮深く、その一挙手一投足を見ていればなんとなく感情も分かりそうだと、そう思い始めてきた。
「シャーミア」
改めて、シリウスが彼女に呼び掛ける。
「何よ」
その蒼い瞳を見据え、シャーミアは彼女に言葉を打ち返す。
いつまでそれを眺めていただろう。長く感じたし、実際にはもっと短かったかもしれない。
「余ができることならば、お主のために何だってしよう。だが、余の道のりを共に歩かせるわけにはいかぬ。勇者殺しの罪は、一人で十分だからな」
静かに、滔々と語る。どことなく、そう言うのではないかと内心思っていた。だから驚きもしなかったし、シャーミアもまた溜息を吐いて、彼女の言葉を飲み込んだ。
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