『星の勇者』セフィカ=バルザ④
これは、『星の勇者』の記憶の一端……
産まれた地域は、何もない村だった。近くには森があったり、穏やかな川が流れていたり、とにかく人の声が少なかった。
そんな場所だから、子どもたちの遊ぶ場所も限られてくる。狩りをしたり、木の実を獲ってきたり、日々を自然で過ごす彼らにとってもはや森の中も広大な庭同然だと言えた。
「なあ、今度は森の奥の方に行ってみないか?」
誰かがそう言った。既に何もないこの場所に退屈していた彼らは、その提案に異を唱えることもなく、全員がその日森へと向かった。
歩き慣れた森の中は動物たちや虫の声で賑やかで、いつも通り。しかし、奥へと入っていくにつれて、その音色はなくなっていく。どれほど歩いただろうか。子どもたちが疲れて口数も減ってきた頃、一つの洞窟を見つけた。
薄暗く、誰の人間の手も入っていないその非日常に、再度元気を取り戻した子どもたちは警戒することもなく、洞窟へと足を踏み入れる。薄暗いがそれほど深くない洞窟だ。というよりもそこは洞穴に近かった。緊張とそれを上回る期待。子どもたちはさらに先へと足を延ばす。
「何かいるよ!」
「本当だ! あれって、クマ?」
洞穴の最奥。入口から外の光が届くほどの距離のその場所に、縮こまって震える子熊が数頭見えた。
「かわいい~!」
「なんだ、子熊かよ。もっと強そうなやつなら面白かったんだけどな」
少女はそれを愛で、少年は強気な発言と共に鼻を鳴らす。実際にどうこうするつもりはない。彼らにとっては非日常に浸れるそれだけで、価値があった。
いずれにせよ、その場の全員が興奮していた。それこそ、親熊が帰ってきていることに、気がつかないぐらいには。
「グオオオオオおお――――っ!!」
「な――っ!?」
地響きを起こすほどの雄叫びが、子どもたちの油断を破壊した。それまであった温い空気が一瞬にして張り詰めた冷気へと変わる。
子どもたちよりも遥かに大きな熊を見て、先ほどまで余裕すら見せていた彼らは声を出せずに固まってしまっていた。
鋭く光る眼光。ギラリと黒く光る鋭い爪。口元には牙が並び、全てが恐怖を生み出す産物として、そこに君臨していた。
「――っ!?」
一番、近くにいた少年が、いきなり倒れた。壁面に叩きつけられた鈍い音が、洞穴内に響く。
それを皮切りに、子どもたちの本能が警鐘を鳴らした。
逃げろ、と。
「うわああああああああああ――っ!?」
「グっらあああオオオオオオおお――――!!!」
叫喚がこだまする。混乱と絶望が場を満たす。だが、逃げ場などない。そこは袋小路と言える洞穴の最奥。怒り狂った獣を止められる術もなく、ただ縄張りを荒らされたことを咎める本能が、暴力という形となって子どもたちに襲いかかる。
「が――、」
血飛沫が岸壁に広がる。
「や、め――」
肉が潰れる音が詰る。
「たすけ――」
ぶつり、と。何かが途切れる音。砕ける音。裂ける音に、時折混じる人の声。血の臭いが周囲に漂い、瘴気となって濃く充満する。
それは、惨劇だった。とある洞穴に潜む獣に食われる子どもたち。凄惨な事故として、あるいはそもそも誰にも見つけられることもなく、闇へと綴じられる事件と呼べるもの。
そうなる、はずだった。
「――――――――っっっっ!!」
刹那。異常で生臭い空間に疾風が吹いた。鋭い光と共に、弧を描いたそれは、獣の首元を切り裂いていた。
「ぐおおおおおおおおおオオオオオオオオ――――ッッ!?」
重なるように血が飛んだ。しかしそんなことは関係ない。勢いよく振り返り、その丸太のような腕を振るう獣に、またも光の筋が放たれて、鮮血を生み出す。
そこに立っていたのは、初めに突き飛ばされた少年だった。鉛雲のような髪に、稲穂のような瞳を薄暗がりに浮かべる彼は、獣の動きを全て躱し、手にしたナイフで抵抗する。
「グルぅあああああ――――」
何度も切り裂き、固い毛を刈る。
「ガァるあああ――――」
何度も突き刺し、肉を抉る。
「が、らァ――」
何度も、何度も何度も何度も。
数えきれないほどに肉にナイフを突き立てて、返り血を浴びることも厭わずに手を動かし続ける。
「――――」
そして、ただ肉を潰す音だけが、べちゃりと空間を支配する。モノ言わぬ肉塊となった命だったもの。それをぐちゃぐちゃに切り裂く音だけが、しばらくの間鳴っていた。
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