星嵐際会④
勇者と魔王の娘の戦闘は海上へ――!
宙に浮かぶセフィカが、ゆらりと体を脱力させた。
そう認識した瞬間、彼の体は既にシリウスの上空に浮かんでいて、斧による一撃が振り下ろされた。
シリウスはそれを左手で防ぐ。《カイライ》による防御は金属音を鳴らすだけで、それ以上の被害はもたらさない。
そして空いた右手で魔力を操作。海面から勇者を吞み込まんとする水流が立ち昇る。
それはセフィカに触れた瞬間に操作不能に陥り、ただ勢いよく水を被るだけの結果となった。
「操る水で僕を捕らえようとしても無駄だ」
「ふむ。やはり帯びた魔力も食らうようだな。お主の仲間の妖精は。ならば、もっと多くの水で動きを止め続けよう」
「あいにく、そう簡単に捕まるつもりもない」
水流を複数、海上から伸ばし、勇者へと向かわせる。しかしセフィカはそれを涼しい顔で軽々と躱しながら、加えてシリウスへの攻撃も欠かさない。
大した実力だ。並の手練れならば一瞬で終わるほどの手数を、彼は踊るように捌いて動き続ける。
「でも、これじゃダメだ」
やがて、僅かに距離を置いて、セフィカがそう言葉を漏らした。
「どれだけ君の攻撃を躱して、どれほどの一撃を見舞って、どんなに素早く動いても、現状の打破に繋がらないんじゃ意味がない。状況を変えるほどの一手が、必要になるな」
「……焦っておるな。お主のその姿も長くはもたないということだろう?」
「黙秘する……、と言いたいところだけど、どうせ君もわかった上で言ってるんだ。隠しても無駄か」
セフィカが諦めたように苦く笑った。彼の言う通り、シリウスにはわかっていた。『星の勇者』が纏うその姿が、徐々に不安定になっていっていることを。魔力が、少しずつ零れていっていることを。
「速度の大幅な上昇。加えて、大斧による攻撃手段の確保。纏う魔力による肉体の修繕もあるのだろう。それらを実現するのに、相当の魔力が使われておる。力を維持することもできぬようだな」
「そこまで見抜かれていたか。僕としてはもっと早く決着をつけるつもりだったんだけど、長引いたのが良くなかったな。……いや――」
セフィカの瞳に鋭い光が差す。睨む彼の視線を、シリウスは黙って受け取った。
「君に時間を稼がれた。なおかつ、僕に傷をつけることで、意識を君に向けざるを得なくなった。本来なら、僕の標的はたった一つで良かったんだ。船を破壊さえしてしまえば、君たちは事実上の敗北となるんだから」
「それがわかっていたのならば、何故全力で船を潰さぬ。お主ならば、できただろう」
シリウスの言葉に、セフィカは視線を揺らし、悔しそうに顔を歪める。
「……強者のセリフだな。僕が本気を出して船を潰そうとしたところで、その全力すらねじ伏せるって、僕にはそう聞こえたけど」
「そう己を卑下するでない。余と戦ってここまで食らいついておる時点で、お主の実力も相当高いことが示されておる」
「ハハッ……、これだから格上と戦うのは、嫌なんだ」
乾いた笑いを溢す彼の手から斧が消失する。代わりに光の粒子が作り出すのは、細く鋭い、輝く槍。
「僕が全力を出さなかったのは、君を生け捕りにしようとしたから。それから、もう一つ。魔力を消費しすぎるとこの状態から強制的に解除されてしまうんだ。その後、僕は大きな隙を曝すことになってしまう。だから全力での戦闘を抑えてきたんだよ」
「そんな大事なことを教えても良かったのか? 余がここからもっと時間を稼ぐようになるだけだろう」
「言っただろう。このままじゃ状況は覆らない。今を変える一手が、必要なんだ。――それが、この槍だ」
彼が輝く槍を手に、シリウスを見やる。語りかけるように、あるいはそれは自分に言い聞かせるかのようで。
セフィカは強く、その槍を握り直す。
「聖槍アイレーネ。これに全ての魔力を籠めて、この一幕を終わらせる」
「させると思っておるのか?」
「するかしないかじゃないんだ。もう、これしか打つ手がない」
セフィカの体が発光する。嵐の空に眩く輝きを放ち始め、それは彼が持つ槍へと注がれていく。
光が、さらに強く揺らぎ、まるで炎のように燃え盛る。
「構えろよ、勇者殺し――」
体を大きく捻り、槍を構える。
「全力で行く」
構えた槍を今まさに投擲しようとするその元へ、シリウスは瞬時に水流を走らせる。あっという間に彼の体は水に包まれて、見えなくなった。
「魔王の奈落顕す徒波の泪 × 魔王の荒天猛る逆上の溜息」
空に言葉が渡る。膨れ上がる魔力を抑えるかのように、さらに膨大な魔力が空間を支配していく。
「魔王の拍動閉ざす氷幕の忘失」
そして、一帯の全てが静止した。
張り詰めた魔力が。のたうつ波間が。激流を作り出していた大海が。
シリウスを中心として、凍てつき止まる。
当然、槍を構えていた勇者も、氷塊となった中で固まっていることだろう。
無論、これで倒せるとは思ってもいない。そもそもセフィカは魔力を受け付けない。凍ることすらしていないはずだ。
だがこの氷牢の中で、まともに動くことは叶わない。
槍を投擲することなど、不可能に近い。
シリウスは白く凍った光景を眺めながら、白い息を吐き出した。
お読みいただきありがとうございました!
勇者の動きを止めたシリウス――!
しかし……?
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