星嵐際会③
鋭い一撃を振るう勇者にシリウスは――?
「――っ」
迫る、斧による勇者の一撃を、シリウスは出現させた防具で防ぐ。
高い金属音が鳴り響き、それら武具の衝突により風が吹き荒れた。
「――固いな」
「魔道具《カイライ》。身に着ける防具ではなく、体の周囲に纏う防具だ。攻撃性能は皆無。だが余の生成する魔道具の中で、最も防御に優れた逸品でな。『殻の勇者』やカニヤット姉上ほど完璧ではないが、そこそこの攻撃を遮断してくれるだろう」
シリウスの体から少し浮くように、騎士の鎧を彷彿とさせる肘当てや籠手、前当てが漂っている。
実際、セフィカの攻撃を受けたが、先ほどのような衝撃に見舞われることもなく、その半透明な肘当てには傷一つついていなかった。
「なら、壊れるまで打ち続けるまでだ!」
セフィカが、言葉と共に斧を振るう。激しく、のたうつような乱打。それらが急所のどこを狙おうとも、《カイライ》が的確に防ぎ、守る。何度も重なる金属音が、港に響き渡る中、シリウスが瓦礫を真上へと投げた。
「魔王の疾風破る怒号の溜息」
風の魔術が起こす突風に、瓦礫を乗せてセフィカへと射出する。それをセフィカは見切った様子で躱しながら、なおも攻撃の手を緩めない。
「よく躱す。では、これならどうだ?」
小さな手一杯に小石を掴んだシリウスは、そのままそれらを宙にばらまいた。そして、その小石は再び、風に乗る。
「――っ!?」
石は無数の弾丸となって、周囲一帯に放たれた。無作為に、無差別に。目にも留まらぬ速さで弾き出されたその凶弾たちは、突風と共に踊り穿つ。
地響きと塵旋風が巻き起こった。
シリウスを中心として描かれた土煙はすぐに立ち消え、勇者も目の前から姿を消している。
「……さすがに厄介だな。魔王の子息、その第四子を相手取ってる気分だ。あれの攻略も苦労させられた」
「カニヤット姉上は、争いを決して好まぬ優しい姉だった。本来なら、お主たちに討たれる道理もないはずだ。――だが、今はその発言には目を瞑ろう。お主たちが何をしたか、今更問い詰めるつもりもない」
いつの間にか再生している羽でまたも空に浮かぶセフィカを、シリウスは見上げて佇む。
改めて、彼が魔王討伐に参戦していたことを思い知る。決して心の内に抱く激情を表に出すことはなかったシリウスだったが、言葉に滲むそれらの憎悪が届いたのか、セフィカの顔つきが僅かに変わった。
「僕たち人間は、昔から魔獣は悪だ、知性の欠片もない獣にすぎないと教えられてきた。当然、それを全て鵜呑みにするわけじゃないし、知性のある魔獣がいることも理解してる。それでも、僕たちは同族を守るために剣を振るうんだ」
「面白い冗談を言う。まるで魔獣が人間に仇なす存在であるかのように語るではないか。魔獣も人も、何も変わらぬ。人間と同じように扱えとは言わぬが、一つの方向からしか物事を見れぬと、軋轢が生じるだろう。それに、力でしか解決できぬ問題など、ない」
「綺麗ごとだ。相手が牙を剝くのなら、僕たちも戦う手段を取るしかないだろ。人と魔獣は違う。そこに魔獣がいるだけで、人々は怯え、安心して暮らせない。僕たちは決して、相容れない」
視線が交錯する。風と雨が、両者の間を満たすものの、それは何も生まず、ただ互いの思惑に混じりもしない。
「……それは、人々の深層に勇者という存在がいるからだろう」
「意味が分からないな。僕たちがいるから魔獣が畏れられるということか?」
「魔王討伐の後の時代。人々の心は魔獣よりも人間の方が強い、偉いという思想に囚われておるということだ。無論、そのような支えとなる存在は必要だ。人々の原動力となり、精神的な支柱となるだろう。だが、その英雄たち、ひいては思惑を操作しておる者たちが白を黒と言い続ける限り、世界はさらに先へと進まぬ」
「滅茶苦茶だな。結局、君も魔獣を贔屓するあまり、飛躍した思想を描いてる」
冷たい言葉が降り注ぐ。心を見透かすように、セフィカの鋭い瞳が突き刺してくるが、対してその視線を物ともせず、シリウスの口から生まれる想いは澱まない。
「そうかもしれぬな。余はどこかで魔獣に肩入れしておるのだろう。だが、その甘さでようやく、天秤は釣り合う。それに魔獣と人間の共生する世界を夢想することが、悪であるわけがないからな」
「……それは――」
彼は口を噤んだ。何かを考えるように、瞳を瞑る。
セフィカ=バルザは勇者だ。魔王を討伐し、世間的には悪を討った正義として英雄を描き続けている。
彼の思想は、人間を守り、正義を正し続けること。そのためならば、多少の犠牲も厭わない、そんな性格をしている。
そのことが悪いわけではない。彼にも彼なりの葛藤や迷いがあるのだろう。
それでいい。そのために、互いに口がある、言葉がある、想いがある。
無数の感情を交わし続けることで、ようやく晴れる世界もあるだろうから。
「――僕個人は、君を悪だと思っていない。考えや理屈じゃない。直感が、そう告げてる」
「ならば、見逃してくれるのか?」
「あいにく、僕にも勇者として……、それから立場というものがあってね。君の思想は甘く、立派だけど、勇者二人を討って、なおものうのうと過ごせるほど、この世界は甘くない」
「そうだろうな。余も別にこの場で答えがほしいわけでも、許しを請いたいわけでもない。理想は、自身の行動で叶えることが最適だからな」
「……君の話に付き合うのは、全てを終わらせた後にしよう」
セフィカの視線が遠退いていく船へと向いた。その行動だけで、次に彼が取ろうとする行動がわかる。
「あの船を壊せば、また君たちはこの街に留められる。この嵐が、今は僕の味方だ」
言うが早いか、彼はその翼をはためかせて船目掛けて飛び立つ。吹く風が、不規則に荒れ狂った。
無論、それを黙って見過ごせるはずもない。
「――やれやれ。もうしばらく、余と会話を続けてくれると思ったが」
シリウスもまた体を宙に浮かせて、その両手を突き出す。
「魔王の奈落顕す徒波の泪」
突如、無秩序に暴れる海面が、大きく波打った。そして、次の瞬間には天まで届くほどの水の壁となり、勇者の侵攻を阻む。
「凄まじい魔力の量だ。まさかフェルグほどとは思わなかった」
しかし壁を前にして勇者は飛ぶことを止めない。
「でも、この程度――」
前へと突き進む勇者は、そのまま斧を振るう。斬撃が波を斬るが、それは白波を立てるだけで、向こう側への穴は開かない。
「無駄だ。それは純粋な質量による堅固な壁。物理的に斬れぬ。魔力で操ってはおるが、魔力で作られた水ではないからな。お主の魔力吸収でも消せぬだろう」
空中に浮かぶシリウスは、振り返る勇者と対峙する。
いま一度、その斧を構え直したセフィカを、シリウスもまた見下ろして告げる。
「もうしばらく、余と遊んでもらおう。『星の勇者』よ」
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次回セフィカとの戦闘はクライマックスへ――!
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