商人カピオ④
商人カピオは何を想う……
階下に降りてみると、見覚えのある紅蓮の髪の少女と、銀髪の少女が目に飛び込んできた。その後ろに長身の男と、空色の髪の少女もいて、恐らく彼女たちの仲間なのだろうと、すぐに判別できた。
「突然押しかけて悪いな。カピオ」
「お嬢ちゃんたち……」
紅蓮の髪の少女、シリウスがおよそ感情を読み取れない顔で、そう言った。見た目の割に尊大な喋り方の彼女に、カピオは被りを振っていつも通りに応対する。
「大丈夫さ。ちょうど暇してたからよ」
「ふむ……、それならば良かったが。少し顔色が悪いように見えるな。昨夜の騒ぎが、尾を引いておるのか?」
「……っ。そんなにわかりやすいのか」
いつも通りに接しているつもりだったのだが、どうにもうまく表情を隠せていないらしい。少女にまで看破されてしまう始末だ。
「お嬢ちゃんの言う通りさ。昨日の件で、俺は闇取引に関わった。その罰として、アイクティエスでの取引を禁じられたんだよ。そりゃ、落ち込みもする」
わざと明るくおどけてみせたが、それもどこまで演技できたか自分ではわからなかった。見栄を張る理由などない。しかし、苦しい顔を見せる理由もまた、ない。商人にとって、弱みを気取らせたり、あえてそれを見せたりする手法はよく使うが、今回は別だ。
純粋に、あまり情けない姿を見せたくなかった。少女たちに比べれば、自分は遥かに歳を重ねている。言わば、手本となるべき大人なのだ。そんな自分が、誰よりも弱々しくしているわけにはいかない。プライドと言えばそれまでだったが、その矜持がなんとか自分の心を折れずに保たせてくれていた。
「……それで、俺に何か用があって来たんだろ? まさか出立の挨拶ってだけで来たとかか?」
「ああ、それもあるな」
対して、シリウスはカピオの言動に気を遣った様子も見せず、先ほどと変わらない調子で答えた。
そしてそのまま彼女は、言葉を続ける。
「だが、無論それだけのためではない。今日お主に会いに来たのは、取引をするためだ」
「取引だあ? あいにく、俺の手元にゃあ商材はねえんだけど……」
色々と問題はあるものの、とりあえず彼女の意図を知るべくそう返す。実際、売れるようなモノを所持していないので、仮に上手い話であっても取引が成立しないだろう。
「余が欲しいのは、お主の所有する船だ」
「……は? 船……?」
想像もしていなかった回答に、開いた口が塞がらない。急に何を言いだすのだろうかと、疑問は浮かぶも、口に出すのに時間を要していると、シリウスが腕を組んで説明をし始める。
「うむ。実は余たちは早急にこのアイクティエスを出る必要があってな。しかしこの嵐の中、出航する船などない。そこで余が自前の船を用意することにした。安心するが良い。金額は言い値を払おう」
「いや、いやいやいや! こんな嵐の中、船を出そうなんて命知らずもいいとこだぞ!? もっと波が穏やかな日にした方がいい!」
「忠告には感謝するが、あいにく時間がない。それに、嵐の中であっても航海できる手立てはある」
「航海なんて、一朝一夕でどうにもならねえ。そもそもどこに行こうってんだよ」
「東都アウラムだ」
「なら、なおさら無茶だ! 俺が売った船で、死なれちゃ寝覚めが悪いしそれに――」
まくし立て、言葉を切った。自らの中にあるもやついた思いを言語化するのに、エネルギーが必要で、カピオはやがて息を吐く。
「俺は、ここじゃモノは売れねえ」
カピオはアイクティエスでの取引は禁じられている。それがどのような商品であったとしても、関係ない。カピオとの間で取引関係になった時点でその禁止事項に触れるだろう。
「悪いが、船については他の商人を当たった方がいい」
「……そうか。すまぬな。邪魔をした」
シリウスの無感情な言葉がどうしてか、胸に刺さる。何も疚しいことをしていない。当たり前のことを言っただけ。しかし、胸中に渦巻く鬱念とした感情が主張している。
このままだと、何も変われないのではないか、と。
「それでは他を当たろう――」
「ま、待ってくれ!」
踵を返して、宿を出ようとした彼女たちを、気がつけば引き留めていた。これは商機だ。しかも現状売れるようなモノを持っていない自分にとって、最高の条件を提示されている。
ここで引き下がると、いよいよ商人ではなくなってしまう気がした。
「……わかった。船は売る。支払いは後で良い」
「ふむ。余たちとしてはありがたいのだが、どういう風の吹き回しだ?」
「ちょっとした心境の変化だって思ってくれりゃあいい。だけど、この街じゃ俺は取引はできねえから……」
出掛かった言葉を呑み込んで、そして思いの丈と共に、その決心を言い放つ。
「俺も、その船に乗せてくれ。街から出た後に、改めて取引をしよう。それならこの禁止事項に引っ掛からねえだろ、多分」
「……余たちは、構わぬが。お主はそれでよいのか?」
少女の瞳が心を見透かす。あまりに純真な眼差しだ。本当にその決断に後悔をしないのか、改めて考えさせられてしまう。
しかし、もう決めたことだ。
「どうせこの街に残ってても俺はやることねえんだ。それなら、別の街で商売をするさ」
「そうか。うむ。それが良いだろうな。互いの条件を満たした上で、次を見据えておる。何より――」
シリウスと視線が交わる。相変わらず無表情に近いほど感情に乏しい綺麗な顔だったが。
「良い目になった」
彼女は、少しだけ嬉しそうだなと、そう思えた。
「よし! それじゃあ先に港に向かっててくれ! 俺もすぐに向かうからよ!」
「うむ、わかった。後ほど会おう」
シリウスが仲間たちと目配せをしてから、宿から出て行くのを見届ける。せめて見送ろうと、カピオもまた外に出たところで、とある声が鳴った。
「ようやく見つけたぜィ。あんたが昨日暴れてたっつゥ、紅蓮の子だろィ?」
声のした方を見る。そこには雨風の中、東都の着物を身に纏った笠を被る男女が一組、シリウスたちと対峙していた。
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現れたのは東都から来た二人組!?
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