海運都市からの旅立ち
急ぎ現れたシリウスは……?
「随分急じゃない? 朝からどこか行ってたみたいだけど、何かあったの?」
ルアトもリリアも、準備をするべく部屋へと戻ろうとする中、シャーミアが腰に手を充てそう尋ねる。
「少し、『涙の勇者』のもとへ行っておった。この嵐の中、船が出るのかどうか。その際に許可が出るのか。訊いてきたのだが、結論は船は出ぬということだった」
「え、じゃあ出立できないじゃない」
「だが許可は得た。アイクティエスが動かす船ではなくとも、個人で所有する船で出航する分には問題ないそうだ」
「個人で所有するなんて、そんな伝手――」
「悪いが、考えておる暇はあまりない。『星の勇者』が増援を呼んだようでな。『涙の勇者』には借りもある。これ以上、この街で暴れることは避けたい」
そう言うと、渋々と言った様子でシャーミアは溜息を吐く。
「まあ、急ぐのも今に始まったことじゃないわね。わかったわよ。……それじゃあね、テトラ。衛兵の仕事、頑張りなさいよね」
「あ、うん! シャーミアも、よくわかんねえけど、頑張れよな!」
そのまま彼女は踵を返して、自分の泊まる客室の方向へと姿を消した。
「すまぬ。もう少しゆっくりと語る時間を取れれば良かったのだが」
「……お前がシャーミアの言ってたアイツだな」
「ふむ。彼奴がどう紹介したのかは知らぬが、いま一度名乗ろう。余はシリウス。わけあって旅をしておる者だ。お主のことは、ヌイを通して知っておる」
「ヌイ……、あの小さいお前みたいなやつか!」
「そうだな。色々とあったようだが、シャーミアと仲良くしてくれたこと、礼を言う」
「い、いや、お礼はオレが言いたいぐらいだよ。シャーミアのおかげで、こうして真っ当な道に進む決心がついたんだからさ」
「そうか。うむ、影響を与え合える関係というのは、良いものだな」
変に畏まった様子の少女から視線を、その隣に立つ男へと向ける。彼はずっと、嬉しそうに笑顔を湛え続けていて、シリウスの方を眺めていた。
「お主のことも、知っておる。アルデバラン家の執事、ペルセミリスだな。リリアをずっと監視しておっただろう」
「おや、やはりご存知でしたか。これでも隠密行動に関しては、誰にも気取られたことはなかったのですが、さすが、と言ったところでしょうか」
「気を落とさずとも良いぞ。お主の気配遮断は完璧だった。リリアがケイナズに腕を斬られた時も、お主の心音は静かで凪いでおったからな。大したものだ。感心すら覚える」
「恐縮です。それもこれも、リリアお嬢様のため。内心、あの時の私の心は引き裂かれるような思いでした」
「わかっておる。それだけの覚悟を、お主が持っておる顕れでもあるということだ。リリアを見守るということに徹するその胆力。さすがは、アルデバランの家の者だな」
「お褒めに預かり光栄です」
恭しく腰を折る男は、笑顔を崩さない。食えないやつだ、と。シリウスは内心ぼやく。気配を消す技術だけではない。戦闘に関しても彼は手強いだろう。森の奥深くにある湖面、その水面を思わせるほどに静かな闘志を、ペルセミリスからは感じられる。
強かで、静謐。その男は、浮かべる表情をそのままに、帽子を取って胸元に寄せた。
「それでは私はこれにてお暇させていただきましょう」
「リリアに別れを告げなくともよいのか?」
「これで最後の別れというわけでもございません。また、ご挨拶に伺いましょう。それに本日は、お嬢様の覚悟を知るために来たのです。それが確認できただけでも、アイクティエスに訪れた甲斐があったというもの」
再び帽子を被り直すと、ペルセミリスは音もなく、静かに宿の出口へと向かい始める。
「今日のことは、私の心に留めておきます。当主への報告は、私に一任されておりますので。お嬢様の旅路を実りあるモノにするために、如何様にもできましょう」
「……リリアにもそう伝えておこう」
すれ違いざまにそう言葉を交わすと、白い衣装を身に纏った彼は宿を出て行った。
そして、それと入れ替わるように、リリアたちがエントランスホールに戻ってくる。
「あら? ペルセミリスは?」
「彼奴は今ちょうど立ち去った。お主の覚悟、しかと伝わっておったぞ。随分と、愛されておるようだな」
「……そう、ですのね」
リリアが窓の外を眺める。外は雨模様。強い雨粒が窓ガラスを打ちつけて、その嵐の勢いを物語っていた。
「それでは出立するとしよう。忘れ物はないか?」
「大丈夫よ。いつでも出発できるわ」
シャーミアはそれから、テトラの方へと振り返る。
「じゃあ、元気でね」
「シャーミアもな!」
短い言葉を交わし合う二人を尻目に、シリウスは一足先に宿の扉を開く。
突風が紅蓮の髪を靡かせて、勢いよく吹きつけた。
「嫌な風だな」
天蓋に広がる鉛雲を見上げて、シリウスはそう小さく呟いた。
お読みいただきありがとうございました!
嵐の中で、船を出してくれる当てはあるのか……!
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