来客の多い朝 前編
雨が降る中、フェルグの元を訪れるのは……
雨粒が窓を強く叩く。強風と共に不規則なリズムを奏で、まるで楽しそうに音を鳴らす。
部屋に響くのはそれら雨粒の打ち付ける音と、紙にペンを走らせる音。時計が針を刻む音を添えて、それらだけが部屋を満たしていた。
静謐とも呼べるその空間に、割って入る音が一つ。扉を叩くノックの音が、賑わっていた調和の秩序を乱して鳴った。
「フェルグ。いるかい?」
「ああ、セフィカか。入れ」
扉越しに響く青年の声に、そちらを見ずに返す少年。ペンと紙とのにらめっこを続けながら、耳で彼が執務室に入って来たのを確認する。
「昨日の今日で仕事か。領主も大変だな」
「雑談をしに来たんなら帰れ。見てわかると思うけど、今忙しいんだよ」
選び取った語句はアタリの強いものだったが、淡々と紡がれるその声は、さしてセフィカへの興味がないように映るだろう。ただ、いつも通りのやり取りだ。訪れた青年、セフィカも気にそれを留めた様子もなく、謝罪する素振りもせずに肩を竦めてみせた。
「仕事も大事だろうけど、僕の報告も極めて重要だと思うよ」
「なら手短に用件を話せばいいだろ。わざわざ雑談から入る必要性なんてない」
「冷たいな。同じ勇者の仲じゃないか」
はあ、と。殊更に冷たい溜息を吐いて、フェルグはついに手を止めた。諦めた、といった表情で、蒼い瞳を眼鏡の奥に光らせる。
「その勇者様なら、さぞ重要な報告なんだろうな」
「もちろんだ。リクエストに応えて簡潔に伝えるけど、この街に増援を呼んだ」
「ああ、言ってたやつか。誰が来るんだ? 『夢の勇者』と『禁の勇者』が来るわけないし、『導の勇者』か? それとも『王の勇者』か?」
「『赫の勇者』だ」
瞬間、机を叩きつける音が部屋を駆け抜けた。椅子に腰掛けていたフェルグが立ち上がり、その瞳はセフィカを睨みつけている。
「お前、街を壊すつもりかよ?」
「あの勇者殺しは強敵だ。魔神臨在学会の一人がいたとはいえ、僕と君の勇者二人を相手取って、なお全力を出していなかったからね。あまつさえ、街を壊さないよう立ち回っている余裕すら感じられた。あれは、勇者全員でかかる必要がある。……僕だって、本当は彼女の力に頼りたくなかったけど、仕方ない。この街の人たちには、どこかの地域に避難してもらおう」
「本気で言ってんなら、勇者殺しと戦う前に俺とやることになるな」
先ほどまでの雰囲気は既にない。フェルグの怒気がセフィカへと放たれており、彼も彼で譲るつもりもないようで、真っ向から受けて視線を返す。
「街の住民を守りたい気持ちはわかるけど、勇者殺しを討伐する方が優先される。勇者は希望と秩序の象徴。それを破壊する者は、遍く討伐の対象だ。勇者なら、それがわかるはずだよ」
「そのせいで維持するべき平和が壊れるって言ってんだよ! あいつの特異星ははっきり言って異常だ。発動するだけで、周り全部に影響を及ぼす。街だろうと人だろうと、あいつが生み出す毒が全部呑み込む。残るのは、人が住めなくなった土地だけだ。勇者がどれだけエライか俺は知らねえけど、俺は親父が生まれ育ったこの街を壊させない」
「……それが、君の正義か。お互い、譲れないモノがあるようだね」
「お前の腐った正義よりは百倍マシだ」
「そうか」
怒った様子もなく、失望した様子もない。セフィカはただそう頷いて、踵を返した。凍ったような、張り詰めた空気が部屋を埋める。
「まあ、彼女が来ることはまだ決定事項じゃない。できるだけ先んじて他の勇者に来てもらうように伝えはする。とはいえ、万が一になったらそうなる可能性が高いんだ。他の勇者が到着するまでの間、君は勇者殺しが逃げないように逃げ道を塞いでくれれば、最悪の事態は防げるだろう」
「……」
「これだけの風雨。船も朝から動いていない。これが続けば、しばらく勇者殺しをこの街に拘束できるはずだ。実際、そうなるように君も衛兵たちを配備している。……僕はまた、警戒にあたるよ。魔力探知に反応がなくてね。いま彼女がどこにいるのかがわかりにくくなっているから。こうしている間にも彼女が街から逃亡するかもしれない。早く見つけて、この因果を断ち切ろう」
そう言い残すと、セフィカは部屋を去った。相変わらず、風雨が強く屋敷を叩いている。面倒なことになった、と。フェルグが嘆息を吐くと、窓を打ち付ける音に新たな旋律が加わった。
コンコン、と。まるでノックするかのような軽快な音に振り返れば、窓枠に紅蓮の髪の少女が映っていた。
「……今日は客人が多いな」
苦い顔を隠そうともせずに、傍らに立つレーヴァへと視線を向ける。彼は小さく頷くと、感情の読めない少女を部屋へと招き入れた。
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後編は明日公開予定です!
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