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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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アイクティエスに響く唄 前編

 花火を思わせる赤と紫の煌めきが鳴り止み、街を襲っていた異常は鎮火した。

 しかし、未だ静寂とは程遠い。光線によって破壊された家屋が、時折音を立てて崩れ落ち、衛兵の怒号や慌ただしい住民たちの喚き声が止まずに、街に広がっていた。


「リリアさん、次の方の治療、お願いできますか!?」

「もちろんですわ!」


 夜市の屋台が壊されて、街はボロボロ。陽気な海運都市は、今や病に伏したも同然の状態だと言える。

 その中で、ルアトが次々と運んでくるけが人や病人を、リリアは治療していた。彼女が持つ杖を振るうと、開いていた傷口は閉じ、流れていた血も止まる。

 それでも、人々の悲嘆までは消せない。心に負った傷が、街の雰囲気をさらに陰鬱なものへと蝕んでいく。

 リリアがどれだけ治療しようとも、崩された日常までは戻ってこない。そこを慰め、この日の悲劇を忘れるには、まだ記憶が新しすぎた。


「大丈夫ですよ、リリアさん。君のおかげで事態は収束しつつあります」


 ルアトの優しい声が身に染みる。そう言ってくれるだけで、自分の存在意義がわかるから。間違っていないと、治療する手に力が漲る。

 でも、それだけでいいのだろうか。


(わたくし)にも何かできることがあれば……」

「リリアさんは十分にやってくれてますよ」


 ルアトはそう言ってくれる。でも、リリアの心はそれを良しとはしなかった。

 シリウスが襲撃者の攻撃を全て撃ち落としてくれたこと。

 ルアトが街の住民を襲撃者の攻撃から守るために飛び回っていたこと。

 シャーミアが闇取引を止めるため奔走していたこと。

 全員が街のために、体を張って動いている。それを見聞きしていたからか、自分もさらにできることを模索する。


 それまで街を出歩いていた人たちの中で、動揺が広がっている。それは、街を破壊する襲撃者の存在と、勇者二人が退いたこと。絶対的な平和に対する不安が生まれて、人々は声を発することでその心に芽生えた懸念から目を逸らしていた。

 子どもたちの泣き声や呻き声が耳を詰る。耳を塞ぎたいほどの痛みを帯びたそれらに、リリアは迷っていた心を奮い立たせて、前を向く。

 自分はいつもそうだ。

 迷って、流されて、自分で世界を見ていない。

 いまの現状を見て、良いとは思えないのなら。

 取るべき手段は、できることはただ一つ。


「……リリアさん?」


 一歩前へと歩み出たリリアに、ルアトが不思議そうな顔でこちらを見つめる。それに、ふわりと笑うと、改めて傷つく街の人々を見やった。

 旅に出た目的を思い出そう。

 自分の生まれ育った故郷、聖都を住みやすい街に変えるため、そしてこの世から争いをなくすためにできることを探す。それが、この旅の目的。

 自分でいま、できることは限られている。

 それがわかっているからこそ、やれることを試してみよう。

 大きく息を吸い込んだリリアは、声を震わせ、そして高らかに音色を響かせた。



 街は悲惨な状態だった。サンロキアの時ほどではないが、多数の怪我人も出て、混乱により迷っている子どももいる。日常から大きく乖離したこの状況で、リリアもまた焦っているようだった。

 いくら声を掛けても、その心に積もった不安を取り除けないようで、ルアトは彼女の心境を案じ続ける。

 迷いと戸惑い、そして焦燥。リリアが抱くそれらを、どうすることもできない。

 だから、俯いていた彼女が前を向き、一歩その足を前へと踏み出したことが予想外で。

 そして彼女の口から溢れ出した声に、また驚く。


「――――――――……」


 美しく、整った旋律。夜の曇天を遊ぶように、音色が舞い、溶ける。透き通るほどに綺麗で、しかし存在感は希薄ではなく、誰もが見惚れるほどの雰囲気を放つ。

 それは、唄。

 この悲しみに暮れる街を慰めるように、紡がれる切なくも歓喜を想起させるメロディは街を駆け、人々の耳へと届けられる。

 風が吹くと共に、それら音律は満ち、夜市が輝く。


「……これは――」


 リリアが唄を響かせる。やがて、彼女の周囲に白く半透明な球体が浮かび始めた。次は緑、次は橙色。音色に合わせるかのように、輝く球体が増えていく。

 それは、ふわふわと宙を漂い、幻想的な光景を作り出していた。

 ルアトやその場にいた他の人々も、リリアの歌声とその光景に目を奪われていると、その球体はやがて空へと至る。

 遊ぶ蝶のように、あるいは自由に羽ばたく鳥のように、悠然と街の上空に向かったそれらは、やがて泡が弾けるように、消失。

 小さな煌めきの粒子が、降り落ちる。

 色とりどりに、落ちてくる光の粒が街を彩っていた。

 それにルアトは手を触れる。粒子は触れた瞬間にその姿を消して、代わりに残るのは温かい感覚。


「痛みが……」

「傷も治ったわ……」


 そんな声が、随所から囁かれ始めた。降り注ぐ彼女の粒子に触れた人々の体からは、傷も出血も消えていて、疲弊も取り除かれているようだった。


「リリアさん……」


 街の人々から届く声が、渇望から希望に塗り替えられた。

 それに気づいているのかいないのか。

 彼女は歌うことを止めず、さらにその歌声を広げる。

お読みいただきありがとうございました!


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