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魔王の娘  作者: 秋草
第1章 未来拒絶のクアドログラム
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魔王の娘と酒場にて 前編

 シャーミアがエリスと出会っていた時間とほぼ同刻。

 シリウスは酒場に訪れていた。情報収集と言えば酒場だよ、と。道行く人に教えてもらった結果、その盛況な交流の場に足を踏み入れた彼女は、そのままカウンターへと着席する。


「ご注文は?」

「この店で最も高いワインを貰おうか」


 その言葉を聞いた店主は明らかに狼狽した様子を見せる。そしてその苦い顔のまま店主は言い辛そうにシリウスへと告げる。


「申し訳ございません。この国の法律で、酒を売るのは十七歳以上じゃないとダメでして」

「なに固いこと言ってんだよ。いいじゃねえか、飲みたいって言ってんだから」


 店主の言葉に反応したのはシリウス――、ではなくシリウスから見て一つ席を飛ばしたカウンター席に座っていた男だった。

 黄色の髪を丁寧に整えている男は顔を朱に染め、片手に酒の入ったグラスを持ってシリウスに笑いかける。


「その歳から酒の味が分かるってのはいいことだ。つまりお嬢ちゃんは良い奴に違いない!」

「そんなバカな話あるわけないでしょう」


 店主との仲が良さそうなやり取りを見るに、男はこの店の常連客なのだろう。愉快な彼の援護射撃を耳にしながら、店主に体を向け直す。


「なるほど、年齢制限については理解した。だが余は二百――」


 と、そこまで言いかけたところで口を噤む。この都市に入った時に、シャーミアに言われて確か年齢について書き直した。確か十二歳と記載した記憶がある。

 ここで酒のために正直に言って、騒ぎになっても困る。見た目は人間の少女であるのだから、大人しく国のルールに従っておくべきだろう。

 シリウスは改めて口を開いた。


「余の年齢は確かに十六歳以下だな。仕方あるまい、大人しくミルクでも貰おう」

「畏まりました」


 援護射撃をしてくれた男は納得していないような声を出していたが、今ここでするべきことは気持ちよくなることではない。

 ずばり勇者のことを知らなければならない。

 シリウスは受けた注文の準備をする店主に話しかける。


「準備中のところすまない。余はこの国に来るのは初めてでな。昼間来た時は驚いた。いつもあのような感じなのか?」

「昼間というと、勇者アルタルフのパレードでしょうか。祭りの期間は、いつもやっていますよ。外から来る方々は皆驚かれますね」

「そう、その勇者だ。失礼ながら、余は彼のことを全く知らぬ」

「全く、ですか。今の時世、勇者のことを知らない人というのはあまりいない気がしますが」

「少し家庭環境が訳ありでな。察してくれると助かる」

「そうでしたか。失礼いたしました」


 恭しく頭を下げた店主は、用意を終えたミルクを少女の前に置いた。そしてニコリと微笑んでみせる。


「こちらサービスとさせていただきます。お気持ちを汲み取れず申し訳ございません」

「ほう。気が利くではないか。だが元より対価は支払うつもりで来ておる。しっかりと払わせてもらおう」


 シリウスは言いながら、金貨一枚をカウンターに乗せた。途端に、店主の形相が変わる。反応に困るように、当惑する彼は金貨とシリウスを交互に見やった。


「あの、ミルクは銅貨三枚ですが……」

「無論知っておる。これは、出してもらったミルクと店主の計らいに敬意を表した結果だ。有難く全て受け取るがよい」

「……では、有難く頂戴いたします」


 店主は動揺を心の内に収めて、金貨を受け取る。それを見届けたシリウスはグラスを手に取り、ミルクを口に含んで喉を潤した。

 そして、そのやり取りを見ていたカウンター席に座る男が、またも騒がしく声を上げる。


「金貨一枚たあ随分金持ちなんだな、お嬢ちゃんは。ぜひ俺にもくれてもいいんだぜ?」

「ならばお主は余に何をもたらす?」

「そりゃああんた、勇者について知りてえんだろ? 俺が知ってることは話させてもらうぜ」

「よいだろう。ならば取引成立だ」


 シリウスが金貨を指で弾くと、男はそれを慌てて受け取る。矯めつ眇めつ、その輝きを堪能した男は大事そうにそれを胸にしまった。

 それを見ていた店主が心配そうにシリウスへと声を掛ける。


「いいんですか? 酔っ払い相手に。適当なことを語られるかもしれませんよ」

「ならばその情報の整合性は店主、お主に任せたい。頼めるか?」

「それぐらいなら構いませんが……」

「よし、話が早くて助かる」


 改めてシリウスは酔っ払いの男へと顔を向ける。男はニヤニヤしながら、彼女を待ち受けていた。


「最近良い商売道具なくて金に困ってたんだよ、あんがとな。俺はカピオってんだ。色々な国に渡って商人やってる。ぜひ、これからも末永く頼みたいもんだぜ。……それで何から話そうか。なんだっていいぞ」

「余の名はシリウス。情報は幾らでも欲しい。故に、初めから話して貰おうか。勇者は、魔王討伐後にこの国にやってきたのか?」

「ああ、そうだな。元々この国の出身だったってのもあるだろうぜ。そんで、持て囃されて、功績を讃えられた。いいなあ、羨ましいぜ」


 カピオと名乗った男は酒を呷ると、店主にお代わりを注文。店主は呆れた様子で、しかし注文を承った。


「だからあれほどに人気なのか」

「そうだな。まあ、初めはそうだったな」

「ふむ。何やら含みがある言い方だな」

「ああ。ここからはちょっとここだけの話にしといて欲しいんだがよ――」


 口の横に手を当て、これから語る話の秘匿性をアピールしているが、その仕草に一体なんの意味があるのだろうかとシリウスは首を傾げる。

 だが男はそんなことに構う様子もなく、話を続けた。


「――勇者アルタルフは、国民には嫌われてるのさ」

「ほう。魔王を打ち取った勇者の一人なのにか?」

「表向きは英雄だな。だからこの国以外からの評判はいいし、国民たちだって初めは皆慕ってたさ。だが次第にアルタルフの横暴が目に余り始めてな」

「横暴? 何かしたのか?」

「そりゃあもう色々とな! 国の金は横領し、国民から吸い上げる税収も上げた。それは全部、あのアルタルフのやつの元に行くように法律も変えちまったのさ。それだけじゃねえぞ。女絡みでもろくでもねえのさ、あいつは! 毎晩女をとっかえひっかえ。勇者だからってやって良いことと悪いことがあるよな!」


 ただでさえ赤み掛かっていた顔をさらに赤くさせる。我慢ならなかったのか、手元にあった水を一息で飲み干し、荒立っていた呼吸はほんの僅かに落ち着きを取り戻したようだった。

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― 新着の感想 ―
なるほど。行った事の数々は、ある意味で勇者ですねw
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