夜市、幕引き 後編
勇者としての矜持が諦めるという選択を否定するのだろう。セフィカの背負うモノが何なのかは知らないし知るつもりもないが、シリウスとしても退くつもりはなかった。
最期の妥協点だ。ここから後ろには、もう退けない。
「そう急ぐな。まだその時ではないというだけだ。余を討つ機会など、この後幾つも訪れるだろう」
「それが今だって話しだろう! ここを逃せば、君はまた勇者を殺しに向かう。そうさせないために、僕はこの場にいるんだ!」
「……なるほど。退いてはくれぬか」
「そもそも、その選択肢はない」
「そうか」
《ソウリュウ》を構える。本当ならばここで『星の勇者』を殺したくはなかった。避難させたとは言え、未だ多くの住民はこの状況を見守っている。『星の勇者』の特異星、【零等星】はどこまでいっても彼を主役にさせる。現状、シリウス側に有利に見えるこの状況であっても、彼の特異星一つで幾らでも覆せてしまう。そういう能力だと、ウェゼンからは聞いていた。
――強いとか、弱いとかではない。この世には、説明もつかないほどに、物語の主役足りえる存在がいる。
それが『星の勇者』だ、と。その老魔術師の言葉を思い出し、僅かに意志が鈍りそうになってしまう。勝てないかもしれない。状況が悪化するかもしれない。しかし、やるしかない。決意が揺らいでしまう前に。
心の迷いよりも先に、体を動かそうとしたその瞬間、それを阻んだのはある男性の声だった。
「そこまでです」
割り込むようにセフィカとシリウスの間に現れたのは、燕尾服に身を包んだ長身の男。名前は確かレーヴァ。フェルグの執事をしている男だ。
彼はその腕にフェルグを抱きながらも、努めて冷静な表情で二人の顔を交互に見た。
「フェルグ坊ちゃまから言付かりました。これ以上、俺の街で暴れるな、とのことです」
視線を向けると、『涙の勇者』は眠っているのか、静かにレーヴァの腕の中で動かずにいる。魔力は微量に感じ取れる。死んだわけではないが、かなり弱っているようだった。
「……君も邪魔をするのか」
「ここはフェルグ坊ちゃまの領地であり、守りたい聖地。もしもまだ、あなた方が暴れるというのであれば、いかに『星の勇者』様であろうとも二度とこの地を踏めないと思ってください」
「……」
弱々しく、息を立てるフェルグを見て、何を思ったのか。しばらくの沈黙の後、セフィカは背を向けた。
「増援を呼ぶ。僕は負けたつもりはないけど、それでも今のこの状況じゃ、無駄死ぬだけだ。他の勇者と共に、そこの勇者殺しを討伐しよう」
「心得ました」
『星の勇者』はそれ以上の言葉を紡ぐことなく、立ち去っていった。レーヴァもまた、その背に続こうと踵を返したが、立ち止まり体をシリウスへと向けた。
「ありがとうございました」
「……」
深い、心からの感謝の意。下げた頭と共に小さく落とされたその言葉に、シリウスは何も返さずただ黙ってそれを見届ける。
やがてレーヴァもその場から立ち去った。
残されたのは紅蓮の少女。周囲にいた人々も、興味を失ったのか衛兵たちに連れられて散り散りに帰っていく。
「……ひとまずは、終わったな」
深々と溜息を吐き出すと共に、シリウスはその手に纏った《ソウリュウ》を解除。それだけで腕が自由を取り戻したように、軽くなった気がした。
そして、視線を上へと上げる。
そこには星々が瞬く夜空を塗り潰すような黒雲が、アイクティエス一帯に広がっていた。
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