夜市、幕引き 前編
稲妻は的確に閃光を貫き駆ける。それらは建物や人に衝突するよりも速く閃光に触れ、誘爆を促し消えていく。
幾つもの、数えきれないほどの爆発が夜空を彩り、赤と紫が空間を埋め尽くし、煌めいた。
「ふふ、ふふふっ、凄いわ、素晴らしいわ! まるで、東都の花火みたい! 綺麗、最高よ! この子の幕引きに相応しいわね!」
興奮し、少女らしい無邪気な声が爆発音に掻き消されることなく轟いた。砕け、朽ちていく大男の頭部は、虚ろな瞳でシリウスを覗き込んでいる。
「やっぱり、アルメリィナの言っていた通りに凄い方だったわ。どうかしら、ピグと一緒にもっと魔術について――」
「うるさいな」
セフィカが、少女を騙る大男の頭蓋を砕いた。底の奥から凍てつくほどに、冷たい声だった。
「――っ!!」
完全に大男の頭が砕け散る、それよりも前にその口元が大きく開かれた。音もなく、射出されたのは一本の短剣。完全に虚を突いたはずの罠を、セフィカは最低限の動きで弾き落とすと、醒めた瞳を足元に向けた。
「不意打ちも通用しないのね。完敗だわ」
ヒビが、広がる。
「楽しかったわ。またどこかで、今宵のような素敵なひと時を過ごしたいものね」
やがて頭部は完全に崩壊する。ガラスが砕けたような破砕音と共に、もぬけとなった人形の殻が地面に散らばる。
ピグマリアンが放っていた魔力の気配は消えた。代わるように、人形が音を立てて地面に崩れていき、空虚を満たしていく。
「やんちゃな邪魔者は消えた。後は――」
セフィカの剣が、向けられる。シリウスは《ソウリュウ》を身に着ける手で器用に腕を組み、その戦意を受け取った。
「余を倒すだけ、といったところか?」
「そうだ。君がピグマリアンの光線から罪無き者たちを守ったのは見た。それ自体は褒められるべきことだ。でも、それで君の罪が消えることはないんだよ、勇者殺し」
赤と紫の明滅が、セフィカの顔を彩る。間近に届く爆発音が、何度もそこら中で騒ぎ立てるが、彼の凍てつく声音はきちんとシリウスまで届いていた。
「なにも贖罪のために助けたのではないのだがな。今更善行をして、善人を装うつもりもない」
「なら何故助けた? 君は、魔王の娘なんだろう?」
「魔王の娘である前に、この世界を歩む存在の一つだ。同じ世界を生きる者に、手を差し伸べぬ者などいないだろう」
「……減らず口だな。そうまでして、助かりたいか?」
苛立ちと不愉快を混ぜたような、そんな視線を見せるセフィカに、シリウスは小首を傾げた。
「ふむ。不思議なことを言うな。その話し方だとまるで、自分が優位であるかのような口ぶりだ」
「なんだと……?」
さらに彼の顔が引き攣る。感情を隠そうともしないセフィカを、ただじっと見つめる。
そして語る。わがままを言う子供を諭すように。興奮する罪人を窘めるように。静かに、落ち着いた口調で、淡々と。
「今宵の戦闘は余に軍配が上がった。お主たちは撤退を余儀なくされ、一度退かざるを得ない状況となるだろう」
「――っ! ふざけたことを――」
セフィカの剣が風を斬る。目にも留まらぬ斬撃を振り抜く。シリウスの首元目掛けて、それは勢いよく放たれた。
が――
「――っ!?」
それは、その剣は、シリウスの首に触れた瞬間に、砕け散った。砕けた刃の破片が飛び散り、周囲に音を立てて散らばっていく。
「……何をした?」
残った柄の部分だけを強く握りしめ、警戒心と共にセフィカが尋ねる。戸惑いと憎しみ、そして僅かな畏怖が含まれる視線だ。シリウスは傷一つ付けられなく割れた、刃の破片を一つ拾い上げて、掲げた。
「簡単なことだ。余のこのガントレット――、《ソウリュウ》と言うのだが、それに魔力を籠めてな。お主が振るう剣と打ち合う度に、魔力を注ぎこんだのだ。さすがは手練れが扱う名のある名剣。ようやく、破壊にまで至ったな」
「魔力を注ぐ? 許容量まで無理やり詰め込んだってことか。でも、あの激しい打ち合いの中で、この宝剣が砕けるほどの魔力を流せるわけがないだろ」
「お主もやってみるがよい。中々、良い修練になるだろう」
爪の先で持っていた破片が、煤のように霧散した。それも魔力を流し込むことで、刃が耐えきれずに形を失った結果だった。
《ソウリュウ》にそういった能力があるわけではない。正真正銘、シリウスの技量によるものだ。刃と刃が触れ合う僅かな間隙、そこで魔力を剣に流し込む。毒のように、空気を入れすぎた風船のように、シリウスの魔力を浴びた剣は耐えきれず、その形を歪ませた。
「長年魔力を浴びたモノは、その強度増すモノもあれば、朽ちていくモノもある。それが魔力との相性と呼ばれるのだが、余の魔力と相性が良いモノなど、数えるほどしかない」
「……」
「獲物を失ったお主など、敵ではない。悪いことは言わぬ、今宵は退け」
「そんな生温い言葉で僕が、はいそうですか、って納得して退くような人間だと思うか?」
壊された剣の柄を懐へとしまいながら、セフィカは未だ尽きない戦意を見せる。言葉では冷静を纏っているが、その瞳には僅かに焦燥が滲み始めていた。
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