アイクティエスの夜市で今宵⑨
「フェルグ――っ!」
眼下から人々の叫喚がどよめく中、セフィカの声が轟いた。
「だいじょう、ぶだ……」
爆煙が晴れたそこにいたのは、無数の傷口から血を流す少年の姿。眼鏡も吹き飛び、瞼を薄く閉ざしながら、口元から赤黒い液体を溢している。
どこが大丈夫なのかと、誰もが思う状況だが、しかし彼の瞳はまだ死んでいない。
そしてセフィカもまた、それを受けて剣を構え直し、大男へと飛び掛かる。
「ピグマリアン――っ!!」
「『星の勇者』様も同じようにしてあげるわ」
無作為に放たれていた光線は、全て駆けるセフィカへと集中する。それは魔力によって生み出された、破壊の閃光。岩やレンガも打ち崩し、人体に当たれば穴も開くだろう。
しかし、向かう勇者が幾ら閃光を浴びようとも、どれほどの破壊力を帯びた一撃であろうとも、それが魔術であるならば無効にできる。
『星の勇者』の下には、魔力を食らう妖精がいるのだから。
「あら、止まらないのね」
全身に射出される光線が降り注ぐが、彼の周囲でそれが一瞬で消えてなくなる。ピグマリアンが放つ攻撃に、セフィカの動きは鈍らない。
「――っ!?」
勢いよく、セフィカは手にした剣を振り下ろした。咄嗟にピグマリアンも回避に移るが、その速度に到底間に合わない。
大男の左肩ごと、一刀両断。叩きつけられた衝撃で大男の体は吹き飛ぶが――
「さすが勇者様ね」
「――――っ!!」
感嘆を彩る少女の声と共に、分かたれた左肩が眩い閃光を瞬かせた。
それは先ほどまで放たれていたような、破壊力のある光線ではない。ただの光の明滅だ。
だが、稲光のように強い輝きは一瞬放ち、次の瞬間には――
紅蓮の爆発で周囲を呑み込んでいた。
「――――――――」
それはまるで声にならない悲鳴のようで。絶叫に近い破裂音を一帯に響かせながら、爆炎と爆風が共鳴を奏でる。
全てを蝕む破壊の衝動は、本来ならば今彼らがいる地区ごと瓦礫の山に変えるほどの威力があった。それだけの魔力が、注ぎ込まれていたのを、咄嗟にシリウスは感じ取っていた。
だからこそ、瞬時に魔力を練り、昇華させる。
「封印魔術、No,9、覚者の灯、脚下を示す」
手を翳し、唱えると同時、橙色の壁が天高く聳え立った。布のように薄く、半透明なそれは爆発を取り囲むように四方に出現し、揺らめいている。
それは、何者も通さない隔絶の壁。薄く防御力のないその幕は、内部での爆炎や爆風を押しとどめ、全ての衝撃を外へ漏らさない。
全てを破壊するはずの爆発は、やがて家一軒の崩壊を以て、終わりを告げる。
「……終わりだ、ピグマリアン。君の攻撃は、意味を成さない」
爆煙が晴れると、そこに立っていたのはセフィカと大男。どちらも爆炎の中にいたはずだが、多少衣服が汚れただけで、傷らしい傷はなかった。
いや、大男の方は、セフィカに斬られた傷が深い。左肩より先はなく、その傷口からは骨のように無機質な構造物が見えていた。魔術刻印が幾重にも刻まれているその体内からは血の一滴も噴き出さず、代わりに黒煙を吐き出している。
「驚いたよ。まさか君、人形だったとはね」
「……何よりも生きていることを、デザインしているのよ」
「そうか。でも、それもここで終わりだ。本体は、どうせ離れた場所にいるんだろ?」
ヒビ割れ、今なお崩れかけているその大男の体を、ピグマリアンは大げさな仕草で操り動かす。
「ご名答よ。でも教えるつもりもないし、それを気にする暇は与えない。この子の最後の芸術を、披露しないといけないもの――」
少女の声は、最後まで紡がれない。大男の首は、セフィカが振った剣で刎ねられ、軽い音と共にそれは地面を転がった。
「悪いけど、付き合ってる暇こそ、ないんだ」
完全に操作権を失ったのか、残された大男の体ふらついて、今にも倒れそうに揺れている。
セフィカは役目を終えたと言わんばかりに、剣を下ろし踵を返した。
「――いや、まだだ」
突如、倒れるはずだった大男の体は、その動きをピタリと静止させる。体が地面に崩れることも、膝をつくわけでもない。
不自然な体勢で止まった体を、ただ見上げる頭が一つ。
「――最後まで、踊りましょう」
ピグマリアンの声と共に、静止した体から紫色の閃光が無数に上がる。それらは絶え間なく撃ち続けられ、暴れるように、全てを吐き出すように乱れ舞う。
「――っ!?」
眩い輝きに眼が眩む。間近にいたセフィカにそれらが注がれることはなく、閃光が標的とした対象は、逃げ惑う民たちだった。
「……マズい――!!」
駆ける閃光は矢のように飛翔し、群衆に飛び込んでいく。あわや逃げ遅れた一人に直撃する寸前、黒髪の青年が瞬時に抱え、それを回避した。
だが、一つ避けたところでまだまだ宙を駆る弾丸は無数に存在する。家を崩し、爆発をもたらし、街を砂塵で濁していく。
「うむ。まあ、この程度、問題はないだろうが、いつまでも守勢というのも気に食わぬな」
「何を――」
焦るセフィカを無視しながら、シリウスは一歩前に踏み出し、声を高く上げる。
周囲一帯に魔力の純度が、高まっていく。
鋭い爪を弾くと、宙に描かれるのは魔術陣。一つが二つに、二つが四つに分かれて織りなし、俄かに不思議な光を帯び始めた。
「――悪いが、ラストダンスもここまでだ」
四つの魔術陣が輝きを放つ。膨れ上がるほどに満ちた魔力が、魔術陣を口として一気に吐き出される。
「魔王の咎人騙す万来の明滅」
莫大な数の紅い稲妻が空を裂き、夜を迸りながら――
街を脅かす全ての紫色の閃光を、撃ち落とした。
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