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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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アイクティエスの夜市で今宵⑧

「皆さん、ここは危険ですから避難してください!」


 そんな衛兵たちの怒声とも悲痛ともつかない声が夜市を駆け巡る。先ほどから何度も同じような勧告が示されていたが、上空を見上げる見物人は減ることを知らない。

 寧ろ、夜市の賑わいはそれを燃料にしてさらに増し、勇者が剣を振るう度に歓声が上がっていた。


「勇者様二人がいれば安心だろ!」

「ちょっと、セフィカ様の顔が見えないわよ!」

「しかし相手はただの少女なんですねえ。いったいどういった罪を犯したのでしょう」

「そんなの関係ねえ。勇者様が全員、悪を裁いてくださるぜ!」


 そんな声が見物人から聞こえてくる。全員が勇者の勝利を確信していて、自分たちに被害が及ぶなど露ほどにも思っていないようだ。


「はあ、人間って愚かね」


 そして、それらに対抗するように今度は上空から、呆れたような少女の声が降り注ぐ。フェルグの操る水流を全ていなした大男は、虚ろな瞳で眼下を見下ろしていた。


「誰が悪で、誰が正義か。そんなことを考えもせずに、ただ目の前にいる善性らしき存在に心を委ねているのだもの。そんなもの、心がない人形たちと変わらないわ」

「無辜の民が、そんなことを考えることがないようにするのが僕たちの仕事だ。罪のない人たちへの言いがかりは止めてもらおうか」

「つまらないわね。ただ檻の中で飼われている獣と同じ。自由に放し飼いされている分、なおさら増長して自分勝手になっていく。ろくに自分で判断もできないやつが、上に立っていることほど苛立たしいものはないもの」

「随分な物言いだ。なら、どうする?」

「決まっているわ」


 大男が腕を向ける。それは、それまで対象だった勇者ではなく、警戒すらしていない見物人たちへ。


「危機感を呼び起こすのよ」


 言葉と共に、矢が射出された。白煙の尾を引いて放たれたそれは、先ほどまで撃っていたモノと同様に、恐らく爆発する代物。群衆の中に落ちれば凄惨な被害は免れないだろう。

 ただ、それもこの場に勇者がいなければ、の話だが。


「――――」


 焦った様子もなく、眼下に向けられた矢をセフィカは瞬時に斬り払う。真っ二つになった矢はやがてその場で起爆するが、フェルグの操る水流がそれよりも前に呑み込み、爆発の威力を軽減させた。


「おおーっ」

「さすが勇者様だぜ」


 それも演出か何かかと勘違いしているのか。見物人たちは一層に盛り上がる。確かにピグマリアンの言う通り、危機感は足りていない。しかしそれ以上に、勇者二人が守ってくれるという安心感があるのだろう。


「まあ、そうなるわよね」


 そして大男もこの結果を予見していたかのように頷いて、今度は両手を広げて花弁のような機構を再展開した。


「これならどうかしら」

「――そこまでだ」


 それら花弁からは先ほど撃ったような矢を飛ばせる。数にして三十前後の矢が放たれる直前だったが、それよりも速くフェルグの水流が大男の体を吞み込んだ。


「――っ!!」


 瞬間、起爆。

 大男の体は吞み込んでいた水流ごと爆発。白い蒸気と共に、無傷で落下して屋根へと降り立った。


「……捕らえ損ねたけど、機動力は落ちたか?」

「いや……」


 確かに足元から噴き出していた炎は消えたが、刻印の気配は消えていない。一時的に降りただけだろう。


「彼奴はまだ無数の魔術刻印をその身に刻んでおる。再展開が必要だろうが、完全に消えたわけではないな」

「さすが魔神様。やっぱり魔術について詳しいのね。理解者として、これほど適した方はいないわ」


 少女の声で嬉しそうに感情を言葉に乗せる大男だが、そこへフェルグの声が水を差す。幾つもの水流を漂わせながら、彼は大男を冷たく見据えた。


「再展開に時間が掛かるということは、ようやく捕まえられるってことだな!」


 水流が、大男を取り囲むように飛び掛かる。

 彼の言う通り、それまでの噴射による飛行がなくなれば、確かに大男は捕まえられるだろう。地上での速度を確認していないが、フェルグの水流を全て捌けるほど速いようには見えない。

 大男にとっては絶体絶命。劣勢であるはず。

 だが、微塵も焦った様子は見せず、それら迫る水流を一瞥して首を捻る。


「さあ、それはどうかしらね?」


 言葉と同時に、大男の体に変化が生じた。腕から大量の矢を射出した時のような、花開いた体表が今度は上半身を埋め尽くす。そこには魔術刻印が刻まれており、瞬時に起動。幾何学模様が男の周りに浮かぶ。


「――っ!?」


 宙に浮かんだ幾つもの模様が光った瞬間、紫色の一筋の閃光が煌めいた。

 細く、ともすれば槍のように直線的に宙を突き進む閃光は、フェルグの水流を貫いて、そのまま家屋へと直撃していく。


「捕まるぐらいなら、全部出し尽くすわ。これだけ観客がいるのだもの。盛大にアピールした方が印象に残るわよね」


 紫光の槍が街に降り注ぐ。家は崩れ、露店は圧し潰されて、瓦礫とガラスが散乱して舞う。人々の悲鳴と叫びが、爆発音と共鳴して不協を奏でる。

 街が壊れ始めた。


「マズい――」


 フェルグの意識が街に逸らされる。当然だろう。彼はこの街の領主。街への損害、住民への被害は最も憂慮するべき点だ。

 故に、自身に迫る爆発する矢への対処が遅れた。


「しまっ――」


 水流を纏う間もなく、フェルグは矢の直撃を受ける。

 夜闇を拭う爆発が、彼を中心に瞬いた。

お読みいただきありがとうございました!


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